タングステンの脆性破壊: 粒界の有無によるクラック進展の違い#

タングステン(W)は高融点で、核融合炉のプラズマ対向材などに用いられる重要な金属ですが、室温では脆性的にへき開破壊します。多結晶材料では、亀裂が粒界に到達したときに進展挙動が大きく変わり、粒界を貫通する「粒内破壊(transgranular)」と粒界に沿って進む「粒界破壊(intergranular)」が競合します。本解析では、第一原理計算ソフトウェア Advance/PHASE で求めた単結晶の表面エネルギーと弾性定数を、剥離仕事を介して連続体のフェーズフィールド破壊モデルへ受け渡し、粒界の有無で亀裂進展がどう変わるかをマクロスケールで比較・実証します。原子スケール(分子動力学など)を直接解くよりも圧倒的に低い計算コストで、広い領域の亀裂進展を扱えることが本アプローチの利点です。
Keywords: 第一原理計算 (DFT), マルチスケール, フェーズフィールド破壊, 破壊靭性, 剥離仕事, 表面エネルギー, 弾性定数, 粒界, 粒内破壊・粒界破壊
1. マルチスケールの考え方#
原子スケールの結合の強さ(エネルギー)と、マクロスケールの亀裂進展は、破壊力学のエネルギー解放率 (破壊靭性)を介してつながります。Advance/PHASE で求めた表面エネルギーと弾性定数を「橋渡し量」に変換し、MOOSE [1] のフェーズフィールド破壊モデルへ局所的な と弾性物性として与えます。
2. Advance/PHASE から受け渡す物性値#
本解析では既存の解析事例 [2, 3] で得られている W の物性値を用います。タングステンは弾性的にほぼ等方(Zener比 ≈ 1)であり、へき開は実験的に {100} 面で起こるため、ここでは W(100) の表面エネルギーをへき開エネルギーとして用います。
表1. Advance/PHASE による W の物性値(既存結果)
| 物性 | 記号 | PHASE計算値 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 表面エネルギー W(100) 1×1 | 4.031 J/m² | へき開面(未再構成) | |
| 表面エネルギー W(100) c(2×2) | 3.894 J/m² | 再構成表面(参考) | |
| ヤング率 | 359.9 GPa | ほぼ等方 | |
| ポアソン比 | 0.278 | — | |
| 体積弾性率 | 296.8 GPa | — |
3. 物理量の橋渡し ― 剥離仕事と破壊靭性#
脆性へき開では、亀裂が単位面積進むのに必要なエネルギー(破壊靭性)は新生する2つの表面エネルギーに等しくなります [4]。すなわち粒内へき開の靭性は
一方、粒界を引き剥がすのに必要なエネルギーは剥離仕事(work of separation)で表され、粒界エネルギー の分だけ小さくなります。
したがって粒界靭性と粒内靭性の比は、表面エネルギーと粒界エネルギーだけで決まります。
粒界エネルギー は本解析では文献値を用います。タングステンの粒界エネルギーは整合双晶の約 0.58 J/m² から高傾角粒界の約 2.5 J/m² まで分布し、平均は約 2.3 J/m² です [5,6]。これらから 比を計算すると表2のようになります。
表2. 剥離仕事から求めた W の粒界/粒内 破壊靭性比(=4.031 J/m²)
| 粒界の種類 | (J/m²) | (J/m²) | |
|---|---|---|---|
| (粒内へき開 基準) | — | 8.06 | 1.00 |
| Σ3 整合双晶(最安定) | 0.58 | 7.48 | 0.93 |
| 一般高傾角粒界(平均) | 2.30 | 5.76 | 0.71 |
| 高エネルギー粒界 | 2.50 | 5.56 | 0.69 |
4. MOOSE フェーズフィールド破壊モデル#
連続体側は、亀裂を損傷変数 (0:健全、1:破断)で表現するフェーズフィールド破壊モデル(AT2 / Miehe 型)を用います [7, 8]。なお は Miehe らの定式化における表記で、MOOSE の入力変数名 と同一のものです。全エネルギーは弾性エネルギーと亀裂生成エネルギーの和で表され、後者に局所的な破壊靭性 が現れます。
ここで は正則化長です。 を弾性物性に、第3節で求めた (粒内)と (粒界)を局所靭性場 に与えます。境界条件は片側切欠き(SENT)試験片のモードI引張です。比較する3モデルを表3に示します。
表3. 解析モデルと主な計算条件
| モデル | 微細組織 | 粒界靭性 |
|---|---|---|
| モデルA | 単結晶(粒界なし) | 一様 |
| モデルB-1 | 単一傾角粒界 | 粒界帯のみ に低減 |
| モデルB-2 | 多結晶(Voronoi) | 粒界網で に低減 |
共通条件: GPa、、 N/mm、正則化長 mm、1×1 mm 領域、平面ひずみ。粒界靭性は比 で与え、clean 粒界=0.71、弱化粒界の例示=0.30 とした。
5. 結果と考察#
5.1 単結晶(モデルA):粒内へき開#
粒界のない単結晶では、亀裂は切欠きから引張方向に対して垂直に直進し、典型的な粒内へき開破壊となります(図1)。これが比較の基準です。

図1. モデルA(単結晶)の亀裂進展。黒い線は切欠きを表します。一様な靭性のもとで亀裂は直進し、粒内へき開破壊となります。
5.2 単一粒界(モデルB-1):貫通と偏向の競合#
傾いた1本の粒界に亀裂が到達したときの挙動は、粒界靭性比に強く依存します。不純物のない清浄な(clean)粒界(比0.71)では亀裂は粒界をほぼ貫通し(図2左)、粒内破壊が継続します。一方、不純物等により弱化している(weak)場合(比0.30)には、亀裂は粒界に偏向して粒界に沿って進みます(図2右)。これは「亀裂が粒界に到達した際に進展経路が変わる」現象そのものであり、貫通/偏向の境界(He–Hutchinson の条件 [9])が靭性比でおおむね 0.25〜0.5(粒界の向きに依存)にあることと整合します。すなわち、clean な W の粒界(比0.69〜0.93)は亀裂を偏向させる閾値よりも強く、へき開亀裂がそのまま粒界を貫通(粒内破壊)することを意味します。

図2. モデルB-1(単一粒界)の亀裂進展。黒い線は切欠き、斜めの破線(および青い帯)は粒界を表します。(左)clean 粒界(比0.71):亀裂は粒界を貫通(粒内破壊)。(右)弱化粒界(比0.30):亀裂は粒界に偏向し沿って進む(粒界破壊)。
5.3 多結晶(モデルB-2):粒内破壊から粒界破壊へ#
微細組織(多結晶)でも同じ傾向が現れます。粒界が clean(比0.71)の場合、亀裂は粒界網にほとんど影響されず直進して粒を貫通します(図3左)。粒界が弱い場合(比0.30)には、亀裂は粒界網に沿って屈曲しながら進む粒界破壊となります(図3右)。

図3. モデルB-2(多結晶)の亀裂進展。黒い線は切欠き、青い帯は粒界網(Voronoi)を表します。(左)clean 粒界(比0.71):亀裂は粒界をまたいで直進(粒内破壊)。(右)弱化粒界(比0.30):亀裂は粒界網に沿って進行(粒界破壊)。
5.4 考察#
本解析は、亀裂が粒内を貫くか粒界に沿うかが、粒界/粒内 靭性比 によって支配されることを示しました。clean な W の粒界はこの比が 0.69〜0.93 と高く、へき開は粒内破壊が支配的になります。実際の多結晶 W が室温でしばしば粒界破壊を示すのは、リン・酸素などの不純物が粒界に偏析して剥離仕事を低下させるためであり、これは靭性比を偏向閾値(〜0.5)以下に下げる効果に相当します。
6. MOOSEによる破壊解析と検証#
第5節の軽量モデルで設計したものと同一の3モデルを、MOOSE(solid_mechanics + phase_field、AT2フェーズフィールド破壊)で計算しました(32 MPI 並列、160×160 要素、平面ひずみ)。出力(Exodus)から、試験片が分離する瞬間の損傷場と荷重–変位を取得しました。図はMOOSE出力を直接読み込むスクリプトで生成したものです。
図の見方(第5節の軽量モデルとの違い):
赤の濃さは損傷量 (白=健全、濃い赤=完全破断 )、細い暗線は の輪郭(亀裂の縁)です。青の細線は粒界網(B-2のみ)、破線は単一粒界(B-1)を表します。なおMOOSEでは長い初期亀裂をクランプ載荷で破壊後も引き続けるため、clean な単結晶・単一粒界では亀裂が二又に分岐して見えます。これは過駆動による亀裂自身の分岐であって、粒界や微細組織ではありません(軽量モデルは破壊直後で停止した単純化解のため1本の亀裂で示しています)。
6.1 単結晶(モデルA)#
粒界の無い単結晶では、亀裂は切欠きから進み、右側で上下対称に二又分岐します(図4)。観察される2本の分岐は、粒界ではなく亀裂そのものを示しています。粒界が無いため上下の枝は対称で、損傷量も一致します(実測:上枝・下枝とも完全破断ノード 611 個で同数)。亀裂はあくまで粒内を進みます。

図4. MOOSE モデルA(単結晶)の損傷場。粒界が無く、亀裂は上下対称に二又分岐する(粒内破壊)。分岐は過駆動載荷によるもので、明暗は損傷量 \(c\)(濃いほど完全破断)。
6.2 単一粒界(モデルB-1):貫通↔偏向#
1本の傾角粒界(破線、わずかに弱い )を入れると、亀裂の進み方が変わります。
clean(比0.71):亀裂は依然として二又分岐しますが、粒界側の枝だけが完全に破断し(濃い)、反対側は部分損傷にとどまります(薄い)。実測でも粒界側の枝は完全破断ノード 888 個、反対側は 0 個と大きく非対称で、亀裂が弱い粒界を明確に優先しています。比0.71は偏向閾値(〜0.5)より高いため「完全には偏向せず貫通+分岐」する中間状態です。
weak(比0.30):粒界が亀裂を完全に捕らえ、分岐は消えて1本の亀裂が粒界に沿って偏向します(粒界破壊)。ピーク反力も clean 61.0 N → weak 52.8 N に低下します。

図5. MOOSE B-1モデル(単一粒界)の損傷場。(左)clean(比0.71):二又分岐;破線(粒界)に沿う側の枝だけが濃い=完全破断。粒界が亀裂を優先的に誘導しています。(右)weak(比0.30):分岐が消え、1本の亀裂が粒界に沿って偏向(粒界破壊)。
6.3 多結晶(モデルB-2):粒内破壊↔粒界破壊#
多結晶でも同じ転移が現れます。clean では亀裂が粒界網を横断する粒内破壊(図6左。clean 単結晶と同様に分岐を伴う)、weak では粒界網に沿って屈曲する粒界破壊(図6右)です。背景の細い青線が Voronoi 粒界網で、weak では赤い亀裂がこの青線に乗っているのが分かります。

図6. MOOSE B-2モデル(多結晶)の損傷場。(左)clean(比0.71):粒界網を横断(粒内破壊)。(右)weak(比0.30):粒界網に沿う(粒界破壊)。
6.4 強度(荷重–変位)と要約#

図7. MOOSE 荷重–変位応答。○は各モデルの破壊点。粒界の弱化とともに実効強度(ピーク反力)が低下します。
表4. MOOSE 計算結果のまとめ
| モデル | 粒界比 | 亀裂経路 | ピーク反力 (N) |
|---|---|---|---|
| A 単結晶 | — | 粒内(直進) | 64.0 |
| B-1 単一粒界 clean | 0.71 | 貫通(粒内) | 61.0 |
| B-1 単一粒界 weak | 0.30 | 偏向(粒界) | 52.8 |
| B-2 多結晶 clean | 0.71 | 粒内(横断) | 60.0 |
| B-2 多結晶 weak | 0.30 | 粒界網(粒界) | 51.0 |
MOOSEは、軽量モデルの予測(clean=貫通/粒内、weak=偏向/粒界)と、靭性比が亀裂経路を支配するという描像を再現しました。実効強度は単結晶(64.0 N)に対し、clean 粒界で約5〜6%、weak 粒界(粒界破壊)で約18〜20%低下し、粒界の弱化が強度と破壊形態の双方を支配することを示しています。
7. まとめ#
第一原理計算ソフトウェア Advance/PHASE の表面エネルギーと弾性定数のDFT計算値を、剥離仕事を介して連続体フェーズフィールド破壊モデル(MOOSE)の局所破壊靭性に変換し、粒界の有無による亀裂進展の違いをマクロスケールで再現しました。単結晶の直進的な粒内へき開と、弱化粒界での粒界偏向・粒界破壊、および実効強度の低下を示すことができました。本手法は、原子スケールで脆性破壊の計算を直接行うより低コストで、微細組織を考慮した破壊挙動の評価を可能にします。さらに、軽量モデル(Python)で迅速に設計・確認し、MOOSEで検証する二段ワークフローにより、信頼性と効率を両立できることを示しました。
本解析の詳細や、研究への適用可能性に関するご相談はこちら
お問い合わせ参考文献#
- D. Gaston, C. Newman, G. Hansen, and D. Lebrun-Grandie, "MOOSE: A parallel computational framework for coupled systems of nonlinear equations", Nucl. Eng. Des. 239, 1768 (2009).
- タングステン(100)表面におけるジグザグ再構成構造の第一原理計算
- 第一原理計算による弾性定数の予測と材料特性の探求
- A. A. Griffith, "The phenomena of rupture and flow in solids", Phil. Trans. R. Soc. Lond. A 221, 163 (1921).
- S. Ratanaphan et al., "Atomistic simulations of grain boundary energies in tungsten", Materials Letters 186, 116 (2017).
- X. Zhang et al., "The structure and energy of symmetric tilt grain boundaries in tungsten", J. Nucl. Mater. 581, 154442 (2023).
- C. Miehe, M. Hofacker, F. Welschinger, "A phase field model for rate-independent crack propagation", Comput. Methods Appl. Mech. Engrg. 199, 2765 (2010).
- B. Bourdin, G. A. Francfort, J.-J. Marigo, "The variational approach to fracture", J. Elasticity 91, 5 (2008).
- M.-Y. He, J. W. Hutchinson, "Crack deflection at an interface between dissimilar elastic materials", Int. J. Solids Struct. 25, 1053 (1989).
関連ページ#
- 第一原理計算ソフトウェア Advance/PHASE
- 解析分野:ナノ・バイオ
- 産業分野:材料・化学