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ハーフホイスラー合金(ZrNiSn)の構造特性と電子状態:第一原理計算による熱電材料解析#

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熱電発電は、未利用の廃熱を電気エネルギーに直接変換する技術として、エネルギーハーベスティングの分野において重要性を増しています。 優れた熱電材料を実現するためには高いゼーベック係数が求められますが、その物性的起源は材料の微視的な電子状態に由来します。本解析では、有望な熱電材料として知られるハーフホイスラー合金 ZrNiSn に着目しました。この物質は、Zr(ジルコニウム)、Ni(ニッケル)、Sn(スズ)という金属元素のみから構成されるにもかかわらず、半導体特性を示すことが知られています。ここで、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、ZrNiSnの計算を通じて、18電子則に基づくバンドギャップの形成と、高い熱電性能に寄与する伝導帯下端の急峻な状態密度の物理的起源を検証します。

Keywords: 第一原理計算, DFTシミュレーション, 熱電材料, ハーフホイスラー合金, ZrNiSn, 18電子則, ゼーベック係数, 状態密度 (DOS), 体積弾性率

計算モデルと計算条件#

計算対象として、面心立方格子(FCC:空間群 F-43m)を基本とするZrNiSnのモデルを採用しました。 慣用単位胞(Conventional cell)は12原子ですが、基本単位胞は3原子です。格子定数の高精度な評価のため、交換相関汎関数には固体の計算に適したPBEsolを用いました。

表1. 主な計算条件

項目 設定
擬ポテンシャル ウルトラソフト擬ポテンシャル
交換相関汎関数 GGA (PBEsol)
カットオフエネルギー 波動関数: 40 Rydberg / 電荷密度: 160 Rydberg
k点サンプリング (SCF) 8 × 8 × 8 (構造最適化・電荷密度計算)
k点サンプリング (DOS) 16 × 16 × 16 (状態密度描画用)

計算結果と考察#

1. 状態方程式(EOS)による構造最適化と体積弾性率#

セルの体積を変化させながら全エネルギーを計算し、状態方程式(EOS)に基づくEnergy-Volume(E-V)曲線を求めました(図1)。

ZrNiSnのE-V曲線
図1. ZrNiSnのE-V曲線および状態方程式フィッティング結果。

放物線状の極小値から得られた最適体積は = 228.296 Å3 であり、立方晶としての格子定数 は 6.111 Å と算出されます。これは実験値(約 6.11 Å)[1, 2] と高い精度で一致しており、PBEsol汎関数が本系の構造予測に有効であることが確認できます。

さらに、状態方程式から導出された体積弾性率(Bulk Modulus)は B = 135.7 GPa となりました。この値は、超音波共鳴法(RUS)などによる実験値(約 125 GPa)[3] と良好な一致を示しています。

2. バンド構造:間接遷移と有効質量#

最適化された構造を用いて、基本単位胞における高対称点に沿ったバンド構造を描画しました(図2)。

ZrNiSnのバンド構造
図2. ZrNiSnのバンド構造。赤破線はフェルミエネルギー(0 eV)。

価電子帯の上端(VBM)が 点に、伝導帯の下端(CBM)が X 点に位置する間接遷移型半導体であることが確認できます。通常のGGAを用いた計算ではバンドギャップが過小評価される傾向にありますが、ZrNiSnにおいてはPBEsolで約 0.67 eV のバンドギャップが得られ、これはHSE06での計算値 (0.60 eV)[4] と近い値を示しています。

熱電材料として注目すべきは、X点付近の伝導帯下端におけるバンドの形状です。 このバンドは比較的平坦な分散関係を示しており、これは伝導電子の有効質量()が大きいことを意味します。この重い有効質量が、後述する状態密度に顕著な特徴をもたらします。

3. 状態密度(DOS)と18電子則に基づく半導体化#

計算した全状態密度(Total DOS)を図3に示します。

ZrNiSnの状態密度(DOS)
図3. ZrNiSnの全状態密度(DOS)。

伝導帯下端付近(CBM)の状態密度の拡大図
図4. 伝導帯下端付近(CBM)の状態密度の拡大図。

フェルミ準位(0 eV)の直上に状態密度がゼロとなる領域が存在します。Zr(価電子4)、Ni(価電子10)、Sn(価電子4)という金属の組み合わせでありながら、単位胞あたりの価電子数が「18」となることで閉殻構造を形成し、半導体化する「18電子則」が第一原理計算から確認されます。ただし、単純な価電子数のみではバンドギャップの微視的な起源は説明できません。文献 [2] において、Ni原子の侵入による対称性の低下( 対称性)と、 軌道間の強い混成がギャップ形成の本質的な起源であることが示されています。

【ゼーベック係数と状態密度の関係】
DOSの拡大図である図4において特徴的なのは、伝導帯下端(0 eV直上)から高エネルギー側へ向かう状態密度の形状です。非対称かつ急峻な立ち上がりを示しています。熱電性能の指標となるゼーベック係数 は、モット(Mott)の公式により以下のように近似されます。

※厳密には電気伝導率 \(\sigma(E)\) のエネルギー微分ですが、散乱の緩和時間などを定数とみなす一定緩和時間近似(Constant Relaxation Time Approximation)のもとで、状態密度 \(N(E)\) のエネルギー微分として直感的に関連づけることができます。

すなわち、あるエネルギーにおける状態密度 が小さい場合、状態密度のエネルギーに対する微分値()が大きいほど、ゼーベック係数は増大します。ZrNiSnの伝導帯に見られる急峻な状態密度の立ち上がりが、高い熱電変換性能の物理的起源の一つと考えられます。

4. 部分電荷密度の可視化と伝導帯下端の物理的起源#

伝導帯下端における急峻な状態密度の起源を探るため、伝導帯下端(CBM付近)の部分電荷密度を可視化しました(図5)。

ZrNiSnのCBM部分電荷密度(等値面)
図5. 伝導帯下端(CBM)付近の電子雲の空間分布(部分電荷密度)。左:低めの等値面分布、右:高めの等値面分布。

空間分布(図5)を見ると、NiおよびZr原子の周囲に軌道特有の広がりを持つ電子雲が存在し、互いに重なり合っていることが分かります。文献 [4] によれば、伝導帯の下端は、空のZr-4軌道とNi-3軌道が強くハイブリダイズ(混成)することによって形成されます。図の電荷密度は、このNi-Zr間の強い軌道混成を視覚的に裏付けています。

この混成によって形成されるX点付近の伝導帯の谷(バレー)は、非常に強い異方性を持つことが知られています。第一原理計算から得られた電子の有効質量は、縦方向(-X方向)に非常に重い(約 3.45 )一方で、横方向には軽い(約 0.39 )という特徴を示します [4]。この特定の方向に対する極端に重い有効質量(バンド分散の平坦さ)と、ブリルアンゾーン境界のX点に位置することによる6重のバレー縮退が組み合わさることで、先ほどの拡大図に見られるような「バンド端でのステップ状の急激な立ち上がり」をもたらしています。

このように、軌道の混成に由来する特異な異方性バンド構造が、モットの公式が要請する · を極大化させ、高いゼーベック係数を引き出す物理的基盤となっていることが説明できます。

発展的研究との比較#

実際の熱電材料開発では、母材となる結晶構造をベースに、ドーピングや欠陥制御による性能指数()の最適化が行われます。

  • 第一原理計算に基づくドーピング設計:
    Takeuchiらは、Fe2VAlベースのホイスラー合金において、重元素置換と非化学量論組成(Fe/V 2)の導入により熱電性能が向上することを示しました [5]。また、Advance/PHASEを用いた電子状態計算により、Fe欠損試料で見られたゼーベック係数の増加が、化学ポテンシャル付近の状態密度の減少に起因することを理論的に明らかにしています。状態密度の形状を人為的に制御することが、材料設計における重要な指針となっています。
  • 熱電輸送特性の直接算出(BoltzTraP連成):
    Advance/PHASEは、半古典的ボルツマン輸送理論に基づく熱電特性解析プログラムBoltzTraPとの連成機能を備えています。本事例で得られたバンド構造および状態密度のデータを用いることで、温度やキャリア濃度に依存するゼーベック係数、電気伝導率、電子熱伝導率などのマクロな輸送特性を直接シミュレーションすることが可能です。
    詳細な解析事例は以下のリンクから参照可能です。
    BoltzTraPとの連成による熱電材料の解析事例

まとめ#

本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用いて熱電材料であるハーフホイスラー合金 ZrNiSn の電子状態と構造安定性を解析しました。3原子の基本単位胞を用いた計算により、実験値と一致する体積弾性率や、18電子則に基づく半導体化を定量的に再現しました。さらに、バンド分散の平坦さと、Ni-3・Zr-4軌道の混成に由来する状態密度の急峻な立ち上がりを描出することで、本材料が優れた熱電特性(高いゼーベック係数)を示す物理的起源を明らかにしました。第一原理計算は、次世代熱電材料の探索と物性発現メカニズムの解明において、強力なアプローチとなります。

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参考文献#

  1. F. G. Aliev, N. B. Brandt, V. V. Moshchalkov, V. V. Kozyrkov, R. V. Skolozdra, and A. I. Belogorokhov, "Gap at the Fermi level in the intermetallic vacancy system RNiSn(R=Ti,Zr,Hf)", Z. Phys. B - Condens. Matter 75, 167 (1989).
  2. S. Öğüt and K. M. Rabe, "Band gap and stability in the ternary intermetallic compounds NiSnM (M=Ti,Zr,Hf): A first-principles study", Phys. Rev. B 51, 10443 (1995).
  3. G. Rogl, A. Grytsiv, C. M. Gürth, A. Tavassoli, C. Ebner, A. Wünschek, S. Puchegger, V. Soprunyuk, W. Schranz, E. Bauer, H. Müller, M. Zehetbauer, and P. Rogl, "Mechanical properties of half-Heusler alloys", Acta Materialia 107, 178-195 (2016).
  4. G. Fiedler and P. Kratzer, "Ternary semiconductors NiZrSn and CoZrBi with half-Heusler structure: A first-principles study", Phys. Rev. B 94, 075203 (2016).
  5. T. Takeuchi, Y. Terazawa, Y. Furuta, A. Yamamoto, and M. Mikami, "Effect of Heavy Element Substitution and Off-Stoichiometric Composition on Thermoelectric Properties of Fe2VAl-Based Heusler Phase", J. Elec. Mater. 42, 2084 (2013).

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