BoltzTraPとの連成による熱電材料の解析#
熱電材料の特性シミュレーションは、有望な材料のスクリーニングを可能にし、新規材料開発を加速させます。BoltzTraPは、第一原理計算で得られた電子状態からボルツマン方程式に基づき輸送係数を算出するプログラムです。ここでは、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEとBoltzTraPを連携させ、熱電特性をシミュレーションした事例を紹介します。
Keywords: 第一原理計算、BoltzTraP、ボルツマン方程式、輸送係数、熱電特性
熱電材料について#
熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換する性質を持つ材料を、熱電材料といいます。この変換は、物質の両端に温度差を設けることで電圧が発生する「ゼーベック効果」に基づいています。熱電材料の性能は、以下の無次元性能指数 によって評価されます。
この式から、高い性能を得るには、ゼーベック係数 () と電気伝導率 () が高く、熱伝導率 () が低い材料が理想的であることがわかります。特に、 の項はパワーファクターとよばれ、材料がどれだけ大きな電力を生み出せるかの指標となります。しかし、これらの物性値は互いに関連しているため、パワーファクターを高めつつ熱伝導率を低く抑えるという、相反する特性を両立させることが材料開発における大きな課題です。
BoltzTraPとの連成#
BoltzTraP [1-4]はボルツマン方程式に従って輸送係数を計算するプログラムです。第一原理計算で求められた電子状態を用いて、ゼーベック係数などが計算可能です。緩和時間が実験的にわかれば、電気伝導率の予測も可能になります。しかし、第一原理計算ソフトウェアから得られる結果は、そのままではBoltzTraPで利用できず、データの変換が必要です。この課題に対応するため、Advance/PHASEにはBoltzTraP-1およびBoltzTraP-2と連携するための専用GUIが用意されています。
図1は、熱電特性計算の結果解析GUIを示しています。
図1.PHASE-ViewerのBoltzTraPを操作するインターフェース
熱電材料ZrCoSbの解析#
高いパワーファクター()を示す材料として、ハーフホイスラー化合物が注目されています。ハーフホイスラー化合物は三元系の化合物で、図2に示したようなZrCoSbがあります。まずはこの材料を例にして、Advance/PHASEとBoltzTraPの連成による解析事例を示します。第一原理計算ソフトウェアVASP [5] とBoltzTraPを連成させた結果が報告[6]されています。
図2.ハーフホイスラー化合物の1つであるZrCoSbの結晶構造
まず、ZrCoSbの電子状態計算を行いました。BoltzTraPによる計算では、SCF計算より多くのサンプリングk点や電子準位が必要となるため、SCF計算で求めた電荷密度でnon-SCF計算を用いて多数のサンプリングk点で電子準位を求める計算を行いました。
図3.ZrCoSbの状態密度
第一原理計算によって求められたZrCoSbの状態密度(DOS)を図3に示します。この計算で求められた電子状態から、ゼーベック係数と電気伝導率を解析し、パワーファクターを見積もります。温度300 Kで得られた各物性値を図4に示します。ゼーベック係数は、バンドの端の近くで大きな絶対値をもつことになります。しかし、電気伝導率が極めて小さくなります(伝導に関わる電子状態が存在しないため)、その結果としてパワーファクターは小さくなります。フェルミ準位が価電子帯内や伝導帯内に位置すると、電気伝導率が大きくなりますが、ゼーベック係数の絶対値が小さくなります。結果として、パワーファクターが大きくなる条件は、フェルミ準位が価電子帯の頂上付近にきたときとなり、ZrCoSbはp型材料に適していることになります。熱電変換素子は、p型とn型がそろって初めて動作します。同様のシミュレーションでn型材料を探索することにより、優れた熱電変換素子の開発につながると考えられます。
図4.BoltzTraPにより求められたZrCoSbの熱電特性
熱電材料の無次元性能指数を高くするには、熱伝導率を低くする必要があります。BoltzTraPでは、電子由来の熱伝導率を解析することが可能です。しかし、半導体材料(バンドギャップが存在する材料)では、熱伝導率は電子由来よりも格子振動由来の方がその寄与が大きいことが知られています。格子振動などに由来する熱伝導率を見積もるには、第一原理計算による電子状態解析だけではなく、フォノン解析などを組み合わせる必要があります。
熱電材料CoSb3の解析#
次は熱電材料CoSb3を例にして、計算結果を示します。CoSb3の結晶構造を図5に示しています。
図5.CoSb3の結晶構造
図6は300KにおけるCoSb3の熱電特性である(a) ゼーベック係数、(b) 電気伝導度/緩和時間、(c) ホール係数、(d) 電子による熱伝導率を示しています。Advance/PHASEを用いた計算結果はQuantum ESPRESSO [7]を用いた結果との良好な一致が分かります。
(a)
(b)
(c)
(d)
図6.300KにおけるCoSb3の熱電特性の計算結果。(a) ゼーベック係数、(b) 電気伝導度/緩和時間、(c) ホール係数、(d) 電子による熱伝導率
まとめ#
BoltzTraPは、第一原理計算の結果に基づき、ボルツマン方程式を用いて材料の輸送特性を評価する代表的なツールです。Advance/PHASEでは、この一連の連成計算を、スクリプト操作だけでなく、直感的に扱えるGUIからも実行できます。こうした計算環境の充実は、熱電材料などの開発における第一原理計算の活用をさらに促進するものと期待されます。
参考文献#
- Georg K.H. Madsen, J. Carrete, M. J. Verstraete, Comput. Phys. Commun. 231 (2018) 140.
- G. K. H. Madsen, D. J. Singh, Comp. Phys. Commun. 175 (2006) 67.
- https://www.tuwien.at/en/tch/tc/theoretical-materials-chemistry/boltztrap
- https://www.tuwien.at/en/tch/tc/theoretical-materials-chemistry/boltztrap2
- G. Kresse, J. Furthmüller, Comput. Mater. Sci. 6 (1994) 15.
- 山本佳亮、志賀拓麿、塩見淳一郎、日本機械学会論文集 81 (2015) 14-00652.
- P Giannozzi et al., J.Phys.:Condens.Matter 29 (2017) 465901.
関連ページ#
- 第一原理計算ソフトウェア Advance/PHASE
- 解析分野:ナノ・バイオ
- 産業分野:材料・化学