結晶粒界の第一原理シミュレーション:Al Σ3 (111)ねじり粒界のエネルギー評価#
多くの工業材料は、微小な結晶粒が集まって構成される多結晶材料です。これらの結晶粒の境界は「結晶粒界」と呼ばれ、材料の強度、破壊靭性、腐食耐性といった機械的特性に極めて大きな影響を与えます。粒界の構造とエネルギーを正確に理解することは、高性能な材料を設計する上で不可欠です。本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASE を用い、アルミニウム(Al)の代表的な粒界である「Σ3 (111)ねじり粒界」のエネルギーを計算します。これはエネルギーが極めて低い安定な整合境界(コヒーレントな双晶境界)として知られており、理論計算のベンチマークとしても頻繁に用いられるため、計算の妥当性を検証する上で最適な対象です。
Keywords: 第一原理計算, 結晶粒界, 粒界エネルギー, Work of separation, アルミニウム
計算方法:結晶粒界エネルギーの算出#
結晶粒界エネルギー()は、粒界を含むモデルの全エネルギーから、同じ原子数の完全な結晶(バルク)のエネルギーを差し引き、粒界面積で規格化することで算出されます。
- : 粒界エネルギー (J/m2)
- : 粒界を含む構造モデルの全エネルギー
- : 粒界モデルに含まれる原子の数
- : バルク(欠陥のない完全な結晶)における原子1個あたりのエネルギー
- : 粒界面の断面積
式の分母にある「2」は、シミュレーションモデルが周期的境界条件で作成されており、その中に2つの粒界が含まれるためです。
また、エネルギー的に最も安定な粒界構造を得るため、2段階の探索で構造最適化を行います。まず、粒界面に垂直な方向(c軸)に2つの結晶粒を動かして最適な分離距離を決定し、次にその距離を保ったまま粒界面に平行な方向(a,b軸)で最もエネルギーが低くなる配置を探します。
計算モデルと計算条件#
計算モデルとして、アルミニウムの面心立方格子(FCC)構造におけるΣ3 (111)ねじり粒界(24個原子モデル)を作成しました。モデル作成には、Advance/PHASEに同梱されているPythonライブラリpymatgen [1] の粒界生成機能を利用しました。最適化計算によって得られた安定構造を図1に示します。
高精度な粒界エネルギーを算出するため、比較対象となるバルクエネルギー()は、粒界モデルと同じ計算条件下で、24層の(111)面を持つ理想結晶セル(図1下)を用いて精密に計算しました。
図1. 最適化後の計算モデル。(上) Al Σ3 (111)ねじり粒界の計算セル。(中) 構造を視認しやすくするための5x5x1スーパーセル。(下) バルクエネルギー計算に用いる(111)面方位を持つ理想結晶セル。
本解析で用いた主な計算条件は表1に示されています。
表1. 計算条件の概要
項目 | 設定 |
---|---|
擬ポテンシャル | ノルム保存擬ポテンシャル |
交換相関汎関数 | GGA (PBE) |
波動関数のカットオフエネルギー | 25 Rydberg (約340 eV) |
k点サンプリング | 11x11x1 |
計算結果と考察#
粒界エネルギーの比較#
本手法で計算した粒界エネルギー()を、異なる研究グループによる文献値と比較しました(表2)。
表2. Al Σ3 (111)ねじり粒界エネルギー: 本計算と文献値の比較 (単位: J/m2)
本計算値 | 文献値 [2] | 文献値 [3] | |
---|---|---|---|
粒界エネルギー () | 0.042 | 0.052 | -0.004 |
本計算で得られた粒界エネルギー 0.042 J/m2 は、文献値 [2] の 0.052 J/m2 と良好な一致を示しています。
一方で、文献値 [3] は -0.004 J/m2 という物理的にありえない負の値となっています。これは、この文献が多数の金属・粒界を網羅的に計算する「ハイスループット計算」という手法を用いているためです。AlのΣ3(111)粒界のエネルギーは、理論的にゼロに極めて近い正の値であることが知られています。このような場合、計算の目標精度(この文献では±0.05 J/m2)よりも真の値が小さいため、計算結果が誤差の範囲で負の領域に振れてしまうことがあります。本解析のような個別テーマに特化した計算では、このような問題は生じにくく、より物理的に妥当な値が得られていることがわかります。
Work of Separationの評価#
粒界の破壊に対する抵抗を示す指標として、Work of Separation () があります。これは、粒界を2つの自由表面に引き剥がすために必要なエネルギーであり、以下の式で定義されます。
ここで は、粒界が破壊されたときに新たに形成される表面のエネルギーです。別途計算したAl(111)面の表面エネルギー(0.796 J/m2) [4] と、今回得られた粒界エネルギーを用いてを算出し、文献値と比較しました(表3)。
表3. Work of Separation () の比較 (単位: J/m2)
本計算値 | 文献値 [3] | |
---|---|---|
Work of Separation () | 1.55 | 1.595 |
算出されたは 1.55 J/m2 となり、文献値の 1.595 J/m2 と非常によく一致しています。これにより、本解析で得られた粒界エネルギーの信頼性がさらに裏付けられました。
まとめ#
本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、AlのΣ3(111)ねじり粒界の物性値を評価しました。計算された粒界エネルギー (0.042 J/m2) および Work of separation (1.55 J/m2) は、文献値と良好な一致を示し、計算手法の妥当性を確認しました。また、異なる計算アプローチ(ハイスループット計算と個別テーマ計算)によって生じる結果の違いを考察し、目的に応じた計算手法の選択の重要性を示しました。第一原理計算は、粒界のような複雑な界面の特性を原子レベルで解明し、材料開発に貢献する強力なツールです。
参考文献#
- S. P. Ong, W. D. Richards, A. Jain, G. Hautier, M. Kocher, S. Cholia, D. Gunter, V. Chevrier, K. A. Persson, and G. Ceder, "Python Materials Genomics (pymatgen) : A Robust, Open-Source Python Library for Materials Analysis", Comp. Mater. Sci. 68, 314 (2013).
- X. Pang, N. Ahmed, R. Janisch, and A. Hartmaier, "The mechanical shear behavior of Al single crystals and grain boundaries", J. Appl. Phys. 112, 023503 (2012).
- H. Zheng, X. G. Li, R. Tran, C. Chen, M. Horton, D. Winston, K. A. Persson, and S. P. Ong, "Grain boundary properties of elemental metals", Acta Materialia 186, 40 (2020).
- 第一原理計算によるAl表面エネルギーの評価
関連ページ#
- 第一原理計算ソフトウェア Advance/PHASE
- 解析分野:ナノ・バイオ
- 産業分野:材料・化学