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Cu-Au合金のCu L吸収端ELNES/XANESスペクトルの第一原理計算#

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電子エネルギー損失分光法(EELS)やX線吸収微細構造(XAFS)における吸収端近傍の微細構造、すなわちELNESおよびXANESは、金属化合物の局所的な電子状態や電荷移動(Charge transfer)を評価するための強力なプローブです。 本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、純CuおよびCu-Au二元系金属間化合物におけるCu L3,2吸収端ELNES/XANESスペクトルを計算しました。本事例では、内殻空孔(Core-hole)を導入しない基底状態の通常の擬ポテンシャルを用いた低コストな計算アプローチであっても、合金化に伴う電荷移動の系統的な傾向(トレンド)が的確に捉えられることを示します。

Keywords: 第一原理計算, DFTシミュレーション, EELS/XAFS, ELNES/XANES, L吸収端 (L-edge), 電荷移動, Cu-Au合金

計算モデルと計算条件#

本解析では、純Cu(fcc)および、Cu-Au系の代表的な金属間化合物であるCu3Au(L12構造)、CuAu(L10構造)、CuAu3(L12構造)のモデルを使用しました [1]。計算に用いた主な条件を表1に示します。

表1. 計算条件の概要

項目 設定
擬ポテンシャル PAWポテンシャル(基底状態・Core-holeなし)
交換相関汎関数 GGA (PBEsol)
k点サンプリング Cu, Cu3Au: 16x16x16, CuAu: 20x20x20, CuAu3: 12x12x12
スペクトル計算 遷移マトリクス計算(双極子近似)
L吸収端計算におけるCore-holeの取り扱いと本手法の利点

通常、K吸収端のEELS/XAFS計算においては、内殻空孔(Core-hole)を導入したFinal state ruleに基づく計算が標準的です。しかし、遷移金属(d電子系)のL2,3吸収端においては、Core-holeを含めない基底状態での一粒子計算の方が、実験結果の物理的トレンドをより良く記述できるケースがあることが指摘されています [2, 3]。Core-holeとそれを遮蔽するための電子を強制的に導入すると、遮蔽電子が非占有d軌道を人工的に占有してしまい、L吸収端が本来プローブすべきdバンドの空き状態(dホール)の評価を歪めてしまう懸念があるためです。

本解析ではこの物理的背景に基づき、Core-holeを導入しない通常の基底状態擬ポテンシャルを採用しています。一粒子近似のため多重項効果による微細なピーク分裂は表現されませんが、最大の利点として、Core-hole同士の人工的な相互作用を避けるための「巨大なスーパーセル」が不要になります。これにより、「慣用ユニットセル」を用いた極めて低い計算コストで、合金化に伴う巨視的な電荷移動現象(ピーク面積の相対的な増減)を定性的に正しくスクリーニングすることが可能となっています。

計算結果と考察#

Cu L3吸収端スペクトルにおける電荷移動の評価#

図1に、Advance/PHASEで計算されたCu L3吸収端(2p3/2軌道からの遷移)の計算スペクトルを示します。エネルギー軸は立ち上がり(Onset)を0 eVとして揃えています。

Cu L3-edge Calculated Profiles
図1. 純CuおよびCu-Au合金におけるCu L3吸収端の計算スペクトル。

各スペクトルの立ち上がり領域のピーク面積(積分強度)を算出した結果を表2に示します。純CuからCuAu3へと、Auの濃度が増加するにつれて、面積が約15%系統的に減少していることが明確に確認できます。

表2. 各合金におけるCu L3吸収端のピーク面積(積分強度)

化合物 Cu L3 ピーク面積 (任意単位) *
Cu 0.0403
Cu3Au 0.0380
CuAu 0.0362
CuAu3 0.0340

* 積分範囲: 立ち上がり(Onset)を基準として -2 eV ~ 15 eV の区間で算出

物理的な解釈(電荷移動のトレンド):
L3吸収端の計算上のピーク面積(積分強度)は、Cuサイトにおける非占有の3d状態(dホール)の存在確率を反映しています。 Au濃度が増加するにつれてこの積分強度が減少するという計算結果は、「合金化によってCuがAu側からd電子を受け取り(d-charge gain)、Cuサイトの非占有d状態が減少した」ことを意味します。 この「合金化に伴うCuのd電荷増加」というトレンドは、ShamらによるCu-Au合金の高分解能XANES測定から得られた結論(差分スペクトルの面積減少)[4] と整合しており、本計算手法が電荷移動の方向を正しく捉えていることを裏付けています。

広域スペクトルとスピン軌道分裂#

Advance/PHASEのEELS/XAFS計算では、指定した原子のPAWポテンシャルに内包される全内殻軌道(2p3/2や2p1/2など)からの双極子遷移マトリクスを個別に計算し、それらを網羅した広域スペクトルとして一括出力することが可能です。図2に、Cu L3およびL2吸収端を含む広域スペクトルの計算結果を示します。

Cu L2-edge Calculated Profiles (pure Cu) L2- and L3-edge Calculated Profiles
図2. (上) Cu L2吸収端の拡大スペクトル。(下) 純CuにおけるL3およびL2吸収端の広域スペクトル。

この広域スペクトルの計算結果について、主な特徴を整理すると以下のようになります。

  • 内殻の相対論効果の反映(エネルギー差と分岐比): 右図において、L3エッジに対してL2エッジが約21 eV高エネルギー側に出現し、面積比がおおよそ2:1となっています。これは、計算に用いたPAWポテンシャルに含まれる内殻準位の相対論的スピン軌道分裂のエネルギー差と、初期状態の量子力学的な縮退度(2j+1)が正しく遷移確率に反映された結果です。これにより、実験データの広範囲なエネルギースキャン結果との直接的な比較やアライメントが容易になります。
  • L2ピークの組成依存性の確認: 左図に示したL2吸収端においても、L3と同様に「Au濃度が増えるに従ってピーク面積が減少する(電荷移動によるdホール減少)」という一貫したトレンドが明確に確認できます(表3参照)。

表3. 各合金におけるCu L2吸収端のピーク面積(積分強度)

化合物 Cu L2 ピーク面積 (任意単位) *
Cu 0.0170
Cu3Au 0.0159
CuAu 0.0148
CuAu3 0.0137

* 積分範囲: 立ち上がり(Onset)を基準として 18 eV ~ 35 eV の区間で算出

これらの計算結果も、ShamらによるCu-Au合金の高分解能XANES測定の実験 [4] において、Au濃度の増加に伴う共鳴強度の低下(負の差分面積)と一致しており、これがCuサイトでのd電荷の増加を示す証拠として論じられています。

まとめ#

本事例では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用いて、Cu-Au合金系のCu L吸収端計算を実施しました。標準的なGGA汎関数を用いた基底状態・一粒子近似の計算では、多重項効果による微細なピーク分裂は表現されないものの、共鳴ピークの「積分強度(面積)の組成依存性」を評価することで、実験事実と一致する「合金化に伴うCuサイトへのd電子の移動(電荷移動)」を的確に捉えられることが示されました。高価な多体計算や巨大スーパーセルを必要とせず、標準的なユニットセルのみで合金の系統的な電子状態変化をスクリーニングできる本手法は、新規合金材料の設計や物性推測において実用的で有力なツールとなります。

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参考文献#

  1. Cu-Au二元系金属間化合物のConvex Hullと熱力学的安定性の第一原理計算
  2. A.I. Nesvizhskii-AI and J. J. Rehr, "L-edge XANES of 3d-transition metals", J. of Synchrotron Rad. 6, 315 (1999).
  3. A. L. Ankudinov, J. J. Rehr, J. J. Low, and S. R. Bare, "Pt L-edge XANES as a probe of Pt clusters", J. Synchrotron Rad. 8, 578 (2001).
  4. T. K. Sham, A. Hiraya, and M. Watanabe, "High Resolution Cu L3,2-Edge XANES Studies of Cu-Au Alloys", J. Phys. IV France 7, C2-491 (1997).

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