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DFT計算値と実験値を用いたMg-O-H系プルベー(Pourbaix)図のアップデート#

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軽量構造材料として注目されるマグネシウム(Mg)合金の腐食防食設計において、水溶液中での熱力学的安定領域を示す「プルベー図(電位-pH図)」は基礎となる重要なツールです。 しかし、既存のデータベースに基づく自動生成図は、必ずしも実験事実(実際の不働態化pHや初期生成物)を正確に反映していない場合があります。本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEによるMgOの形成エネルギーのDFT計算値と、文献に基づくMg(OH)2の形成自由エネルギーの実験値をハイブリッドに統合し、Mg-O-H系のプルベー図をアップデートしました。これにより、実際の環境下での不働態化挙動を再現する結果が得られました。

Keywords: 第一原理計算, DFTシミュレーション, プールベ図 (Pourbaix Diagram), 電位-pH図, 腐食予測, マグネシウム, MgO, Mg(OH)2, Materials Project

プルベー図構築の原理とCorrection Scheme#

第一原理計算と水溶液化学の統合#

プルベー図の境界線は、反応に関与する化学種間のギブス自由エネルギー差()から計算されます。しかし、第一原理計算(DFT)で得られる固体のエネルギーと、実験的に測定される水溶液中のイオンのエネルギーは基準が異なるため、そのままでは比較できません。Materials Project [1] では、この課題に対処するために、エネルギー基準の統一、および気体相(O2, H2)のDFT計算誤差などを補正するスキーム(Correction Scheme)[2] が確立されています。 本解析では、この標準的なCorrection Schemeを適用した上で、腐食挙動に支配的な影響を与える2つの主要相、MgOとMg(OH)2に対して、そのスキームと整合する高精度なDFT計算値と実験値をそれぞれ適用することで、解析精度の向上を図りました。

データの更新と詳細#

Materials Project のデータベースから取得したデータセットに対し、以下の値を適用して評価を行いました。

1. MgO(酸化マグネシウム)の更新:DFT計算値の適用#

初期の酸化被膜として重要な役割を果たすMgOについては、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用いて算出された高精度な形成エネルギー(生成エンタルピー)を採用しました。 この値は、既存の解析事例 [3] において酸素のエネルギー誤差補正を適用して求められたものです(※ 非遷移金属酸化物のデータは Wangらの論文 [4] のFig. 1 の inset に示されており、MgOに対する補正はこれに基づいています)。

  • Advance/PHASEによるDFT計算値: -6.35 eV/formula

この値は、pymatgen [5] の水溶液系への適合処理の適用前に反映させることで、MgOの形成エネルギーを更新しました。

2. Mg(OH)2(水酸化マグネシウム)の更新:実験値の適用#

不働態膜の主成分であるMg(OH)2については、計算値ではなく、腐食科学の分野で確立された実験値を採用しました。特に重要なのは、結晶化度による溶解度の違いです [6]。

  • 結晶(Brucite): 溶解度積 。十分に時間が経過した安定な状態に対応します。
  • 非晶質: 溶解度積 。腐食初期に形成される欠陥の多い膜に対応し、溶解度が高い(エネルギー的に不安定)状態です。 本解析では、現実的な腐食挙動(被膜の保護性能の限界)を評価するため、後者の「非晶質(活性な水酸化物)」のデータを採用しました。この溶解度積の違いを標準生成エネルギーに換算し(約 -823.0 kJ/mol)、Correction Scheme適用後の最終的な形成自由エネルギーとして使用しました。

解析結果:更新されたMg-O-H系プルベー図と実験との比較#

更新されたデータに基づいて作成したMg-O-H系のプルベー図(図1)と、古典的な実験データ [7] に基づくプルベー図(図2)を比較します。

Updated Pourbaix Diagram (Calculation)
図1. 本解析で得られたMg-O-H系のプルベー図。, 。下部の領域は金属(Mg)が安定な領域(不感域)を示します。破線 (water lines)は水の安定領域を示します。なお、図中の Mg149H(s) は計算データベース上の最安定相(微量な水素を含む固溶体)であり、実質的に金属Mgに相当します。

Experimental Pourbaix Diagram
図2. 実験データ [7] によるMg-O-H系のプルベー図。,

結果の考察と解釈#

図1と図2を比較すると、両者の全体的な形状、特に Mg2+ イオン領域と固体安定領域(不働態域)の境界線が非常によく一致していることがわかります。これは、本解析で採用した「非晶質Mg(OH)2」のエネルギー補正が、実際の腐食環境における熱力学バランスを適切に捉えていることを示唆しています。なお、図1の不感域(Immunity)において Mg149H(s) という化学種が表示されていますが、これはMaterials Projectのデータベースにおいて純Mgよりもわずかにエネルギー安定性が高いと計算された希薄な水素固溶体モデルであり、本解析においては金属Mgと等価であるとみなせます。

また、更新されたデータを用いても図1の安定領域にはMgO相は現れていません。これは、水溶液環境下においては、MgOが水と反応してMg(OH)2へ変化する反応()の方が熱力学的に有利であり、MgOが水中に安定相として存在できないという物理化学的な事実が、計算上正しく再現されたことを示しています。

まとめ#

本事例では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEによるMgOの形成エネルギーのDFT計算値と、文献に基づくMg(OH)2の形成自由エネルギーの実験値を、Materials Projectの既存データや補正スキームに整合させて組み合わせることで、Mg-O-H系のプルベー図を更新しました。その結果、被膜の安定性に依存した不働態化挙動など、実際の腐食現象に即した詳細な解析が可能であることを示しました。

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参考文献#

  1. A. Jain et al., "Commentary: The Materials Project: A materials genome approach to accelerating materials innovation", APL Materials 1, 011002 (2013).
  2. K. A. Persson, B. Waldwick, P. Lazic, and G. Ceder, "Prediction of solid-aqueous equilibria: Scheme to combine first-principles calculations of solids with experimental aqueous states", Phys. Rev. B 85, 235438 (2012).
  3. Mgの初期腐食メカニズムと被膜破綻の第一原理解析:表面相図とPBRによる考察
  4. S. P. Ong et al., "Python Materials Genomics (pymatgen): A robust, open-source python library for materials analysis", Comput. Mater. Sci. 68, 314 (2013).
  5. L. Wang, T. Maxisch, and G. Ceder, "Oxidation energies of transition metal oxides within the GGA+U framework", Phys. Rev. B 73, 195107 (2006).
  6. J. K. Gjaldbaek, "An Investigation of the Solubility of Magnesium Hydroxide. I. The Existence of Different Modifications of Magnesium Hydroxide", Z. Anorg. Allg. Chem. 144, 145 (1925).
  7. E. McCafferty, "Chapter 6. Thermodynamics of Corrosion: Pourbaix Diagrams", Introduction to Corrosion Science, Springer, p.115-117 (2010).

関連ページ#