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Mgの初期腐食メカニズムと被膜破綻の第一原理解析:表面相図とPBRによる考察#

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マグネシウム(Mg)は実用金属の中で最軽量という優れた特性を持ち、次世代の輸送機器材料として期待されています。しかし、高い腐食感受性が実用化における最大の課題となっています。特に、Mg表面に形成される酸化被膜(MgO)は、アルミニウムの不動態被膜のような緻密な保護性を示さず、容易に破壊され腐食が進行してしまいます。本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、Mg表面における酸化反応の熱力学的特性(表面相図)と、生成される被膜の幾何学的整合性(Pilling-Bedworth比)を評価しました。その結果、Mgは熱力学的に極めて低い酸素濃度でも酸化する一方で、生成した被膜は体積収縮により自己破壊する(PBR < 1)という、本質的な腐食脆弱性を理論的に解明しました。

Keywords: 第一原理計算, DFTシミュレーション, Mg腐食, 被膜(皮膜)破綻, 表面相図, PBR (Pilling-Bedworth Ratio), 熱力学補正

計算手法と計算条件#

1. 表面相図の作成と熱力学補正#

第一原理計算の結果を、温度 や酸素分圧 に依存する現実の環境へ拡張するために、「第一原理熱力学」の手法を用いました。

(1) ギブス自由エネルギーの計算式

特定の表面状態の安定性は、以下のギブス自由エネルギー変化 で評価されます。

ここで、 は吸着系の全エネルギー、 は清浄表面のエネルギー、 は酸素原子数、 は酸素の化学ポテンシャル(環境変数)です。

(2) 水分子を用いた熱力学補正 (Water Cycle)

DFT計算(特にGGA汎関数)では、酸素分子()の三重項基底状態のエネルギーを正確に記述することが難しく、結合エネルギーを過大評価する傾向があります。この誤差を回避するため、本解析では水分子()と水素分子()の計算値、および水の形成熱の実験値を用いた熱力学サイクルにより、酸素の化学ポテンシャル基準を補正しました。

ここでは、 eV (at 298.15K) [1] を使用しました。

2. 計算条件#

密度汎関数法(DFT)計算に交換相関汎関数としてGGA-PBE を採用し、ファンデルワールス力を考慮するために DFT-D3 (Grimme) 補正を適用しました。

表1. 計算条件の概要

項目 設定
交換相関汎関数 GGA-PBE + D3 (vdw補正)
擬ポテンシャル Mg: ノルム保存型,  O: ウルトラソフト型
カットオフエネルギー 35 Ry (波動関数) / 315 Ry (電荷密度)
k点サンプリング スラブモデル:7x7x1
バルク:十分に収束する密度を設定

計算結果と考察#

1. バルク特性とMgO形成エネルギー#

Mg(HCP構造)および MgO(岩塩型構造)の状態方程式(EOS)を計算し、平衡格子定数と体積弾性率を算出しました(図1, 図2)。得られた計算値は実験値と良好に一致しています。

EOS Calculation of Bulk Mg
図1. 金属Mg(HCP構造)の状態方程式計算結果

EOS Calculation of Bulk MgO
図2. 酸化マグネシウムMgO(岩塩型構造)の状態方程式計算結果

【Wang Correctionによる形成エネルギー補正】

MgOの形成エネルギーを算出する際にも、前述のO2分子のDFT誤差が影響します。表面相図の導出(化学ポテンシャルの決定)には上述のWater Cycleを用いましたが、バルク酸化物(MgO)の形成エネルギー算出においては、固体酸化物の生成熱評価に特化した Wang Correction [2] を適用しました。 Wangらは、GGA(PBE)計算において酸化物の種類に依存せずにO2分子1つあたり +1.36 eV のエネルギー補正項を加えることで、酸化物の形成熱が実験値と整合することを提唱しています。

この補正を適用した結果、MgOの形成エネルギーは -6.35 eV/formula となり、実験値と非常に良い一致を示しました。

2. Mg表面における酸素吸着(表面酸化)#

Mg(0001)表面に対する酸素原子の吸着構造最適化を行った結果、酸素原子は表面上に留まるのではなく、表面層の直下(サブサーフェス)に入り込む構造が最も安定であることが確認されました。

Adsorption structure of O on Mg(0001)
図3. Mg(0001)面上の酸素吸着構造(左:上面図、右:側面図)。構造最適化の結果、酸素原子(赤)は表面第1層(Mg)よりも内側のサブサーフェス領域へ侵入し、安定化している。

熱力学補正済みのエネルギーを用いた吸着エネルギー計算結果は以下の通りです。

考察:

この非常に大きな負の吸着エネルギー(-4.49 eV)と、サブサーフェスへの侵入現象は、Mgの極めて高い酸素親和性を示しています。酸素原子が表面に「乗る」だけでなく、自発的に結晶格子の隙間に入り込んでいくことで、表面付近のMg格子は大きく歪み、実質的に酸化マグネシウム(MgO)の前駆状態へと再構成されています。これは、Mgの酸化が表面吸着で止まらず、内部へと進行しやすい性質を原子レベルで裏付けるもので、先行する第一原理計算研究 [3] の報告ともよく一致しています。

3. 表面相図による酸化挙動の解析#

熱力学補正を行った化学ポテンシャルを用いて、Mg(0001)表面の相図を作成しました(図4)。

Mg Surface Phase Diagram
図4. 算出されたMg(0001)表面の相図(横軸は酸素化学ポテンシャル)

考察:

図4において、清浄表面(Clean Mg)が安定となる領域(灰色)は左端のごく一部に限られています。大気環境(赤点線:300K, 1atm)はもちろんのこと、極高真空環境においても、Mgは熱力学的に「酸化物(Bulk MgO)」の状態が圧倒的に安定であることがわかります。 Alの場合と比較すると、Mgは「吸着相(青点線)」よりも「バルク酸化相(緑領域)」のエネルギー準位が低く、表面吸着で止まることなく一気に厚い酸化膜へと成長する強い駆動力を持っています。

4. Pilling-Bedworth比 (PBR) による被膜破壊メカニズム#

Mgが酸化しやすいことは示されましたが、問題は「できた酸化膜が母材を守れるか」です。これを評価するため、EOS計算(図1, 2)で得られた平衡体積を用いて Pilling-Bedworth比(PBR)を算出しました。

本解析結果を代入すると、以下の値が得られました。

この PBR < 1.0 という値は、以下の本質的な腐食脆弱性を示唆しています。

  • 体積収縮: 酸化反応に伴い、体積が約17%も収縮します。
  • 引張応力と亀裂: 生成したMgO被膜は表面を覆い隠すのに面積が足りず、常に強い引張応力(Tensile Stress)が内在することになります。この応力により、被膜には亀裂(クラック)が生じやすく、物理的に基材を被覆し続けることが困難となります。

この亀裂を通じて酸素が金属素地に直接侵入するため、Mgの腐食は決して止まることがありません。

参考:アルミニウムとの比較・温度効果

耐食性に優れるAlのPBRは約1.3であり、適度な体積膨張によって緻密な不動態被膜を形成します。これに対し、Mg(0.83)は被膜が収縮して破壊されてしまう点が決定的に異なります。また、本計算値は0Kにおけるものですが、一般に金属Mgは酸化物(MgO)よりも熱膨張係数が大きいため、室温などの環境下においても体積差(金属>酸化物)は縮まりません。したがって、熱膨張を考慮しても PBR < 1 という傾向が変わることはなく、被膜破壊のリスクは維持されます。

まとめ#

本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、マグネシウム(Mg)の初期腐食メカニズムを熱力学および構造力学の観点から包括的に評価しました。酸化物の形成エネルギーや酸素吸着計算により表面相図を作成し、Mg表面が極めて低い酸素分圧下であっても自発的にバルク酸化物へ転移する強い駆動力を有していることを明らかにしました。さらに、状態方程式(EOS)から導出されたPilling-Bedworth比(PBR)は0.83(< 1.0)となり、酸化反応に伴う体積収縮が被膜に引張応力を生じさせ、物理的な自己破壊を引き起こすことを定量的に実証しました。これらの結果は、Mgの腐食が熱力学的性質と被膜の機械的整合性の欠如に起因する本質的な脆弱性であることを示しており、実用化に向けた耐食性向上には、PBRを適正化する合金設計や緻密な人工被膜技術の導入が不可欠であるという重要な指針を与えています。

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参考文献#

  1. M. W. Chase Jr., NIST-JANAF Thermochemical Tables, 4th Ed., J. Phys. Chem. Ref. Data, Monograph 9 (1998).
  2. L. Wang, T. Maxisch, and G. Ceder, "Oxidation energies of transition metal oxides within the GGA+U framework", Phys. Rev. B 73, 195107 (2006).
  3. E. Schröder, R. Fasel, and A. Kiejna, "O adsorption and incipient oxidation of the Mg (0001) surface", Phys. Rev. B 69, 115431 (2004).

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