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固液界面シミュレーション: 水/TiO2界面#

光触媒反応では表面上の “水” の存在が必要不可欠です。TiO2は光触媒の代表的な材料として、その表面でヒドロキシルラジカル(OH*)が生成されることがその反応機構の素過程であることが提案されています。第一原理計算を用いた水/TiO2界面のシミュレーションでは、水をどのように取り扱うかが問題点の1つです。ここではAdvance/PHASEでの取り組みを紹介します。

Keywords: 固液界面、液体シミュレーション、第一原理計算

固液界面のシミュレーションについて#

電気分解、リチウムイオン電池や燃料電池の電極反応、光触媒反応などでは、固液界面の状態が重要な支配因子となっています。固液界面における化学反応を解明するためには、原子・分子レベルのシミュレーションを行うことが必要であり、第一原理計算は有効な手段です。すべての原子を第一原理的に取り扱うシミュレーション [1, 2] が行われていますが、計算のコストが大きいことが知られています。なぜなら、溶媒を構成する分子は熱運動により一定の構造を取らず、分子の揺らぎを統計力学的に表現する必要があるためです。

この問題に対処するためには、Advance/PHASEには3D-RISM法 [3] と第一原理計算(SCF) を組み合わせる手法である3D-RISM-SCF法 [4] が実装されています。3D-RISM法は統計力学に基づく溶液論の実装方法の1つであり、この手法では溶媒分子を統計分布として取り扱います。一方、溶質は第一原理計算において、その電子状態を量子力学的に取り扱います。つまり、3D-RISM-SCF法では、溶質の電子状態と溶媒分子の統計分布を同時に決定します。この手法を用いて固液界面のシミュレーションを行うことが可能となっています。

水/TiO2(110)界面の解析#

酸化チタン表面は、図1で示すように、ルチル型TiO2(110)スラブの構造を用いました。

図1.TiO2(110)スラブの構造

まずは、真空条件で溶媒を用いずに第一原理計算を行いました。ルチル型TiO2(110)理想表面と表面酸素欠陥が存在する場合のシミュレーションを行い、酸素欠陥生成エネルギーを解析しました。酸素欠陥生成エネルギー は、

のように定義され、正で大きな値は表面酸素欠陥が形成され難いことを意味します。ここで、は表面酸素欠陥を有するTiO2(110)表面の全エネルギー、は酸素分子の全エネルギー、はTiO2(110)理想表面の全エネルギーです。真空環境下でのシミュレーションでは、が2.90 eVとなります。水が存在する環境で、この酸素欠陥生成エネルギーが変化するのか、固液界面はどのような状態になっているのかを3D-RISM-SCF法を用いてシミュレーションしました。

3D-RISM-SCF法で用いる水は、SPC/Eモデル[5] を用いています。ルチル型TiO2(110)理想表面が水と接している場合のシミュレーションを行います。このとき、計算セル内に入れることができる水の量を見積もるために、計算セル内の水分子数を変化させたときの全エネルギーの変化を調べました。図2に結果を示します。

図2.全エネルギーの水分子数依存性

この結果から、41分子/セルの水が入ったときがもっとも安定であることが分かりました。図3に、赤を酸素原子の分布、青を水素原子の分布としたときの水分子の分布状況を示します。ルチル型TiO2(110)表面上では、Ti原子の近くに水のO原子が、表面O原子の近くに水のH原子が分布しやすくなっています。また、TiO2(110)表面から少し離れた領域でも、表面上の分布を反映して、O原子やH原子が分布しやすい領域が見られます。このように、表面近くには水分子が分極していることから現れる溶媒和構造が3D-RISM-SCF法によるシミュレーションで表現できることが分かります。このときの溶媒和エネルギーは、-2.58 eV (= -59.52 kcal/mol)と求められました。

図3.水/ルチル型TiO2(110)界面の3D-RISM-SCF計算結果

次に、表面酸素欠陥を有するTiO2(110)表面が水に接している場合のシミュレーションを行いました。理想表面の場合と同様に、計算セル内に入れることのできる水の量を調べました。結果を図4に示します。計算セル内には44分子の水を入れると安定であることが分かりました。

図4.表面酸素欠陥がある場合の、全エネルギーの水分子数依存性

図5に、赤を酸素原子の分布、青を水素原子の分布としたときの水分子の分布状況を示します。理想表面の場合と同様に、Ti原子の近くに水のO原子が、表面O原子の近くに水のH原子が分布しやすくなっています。また、表面近くには水分子が分極していることから現れる溶媒和構造が3D-RISM-SCF法によるシミュレーションで表現できることが分かります。理想表面と異なる部分は、表面酸素の欠陥が存在していることにより、水分子のO原子が入り込んでいる領域(図の太線の四角)がある点です。このときの溶媒和エネルギーは、-2.91 eV (= -67.02 kcal/mol)と求められました。理想表面よりも、表面酸素欠陥が存在する方が、より水に濡れやすいことを示しています。

図5.水/ルチル型TiO2(110)界面の3D-RISM-SCF計算結果(表面酸素欠陥がある場合)

次に、酸素欠陥生成エネルギーが水の影響を受けるかを調べました。式(1)に従って、求められた は、計算セル内に41分子の水が存在する場合は2.94 eVとなり、44分子の水が存在する場合は2.87 eVとなりました。この結果からは、酸素欠陥生成エネルギーには、水の存在はほとんど影響しないことが分かります。

3D-RISM-SCF法では、水は統計力学的に扱っています。分子の形などは第一原理計算から得られる結果を反映するように入力しています。しかし、溶媒分子(今回の例では水分子)と溶質材料(今回の例ではTiO2(110)表面)の間の電子の移動や軌道の混成のような量子力学的な効果は考慮できません。化学反応のように電子が関与する現象をシミュレーションするためには、関連する物質すべてを量子力学的に扱う必要があります。このため、水/TiO2(110)界面近傍の水分子を原子・分子として取り扱うことができるモデルを作る必要があります。そのモデル構築の一つのアプローチとして、まず3D-RISM-SCF法で水の統計的な分布関数を求め、その結果を参考に界面の水分子を原子レベルで再配置します。図6に、高い存在確率の領域にO原子とH原子を配置し、水分子となるようなモデルの一例を示します。

図6.3D-RISM-SCF法の結果から界面の水分子を原子モデルに置き換えた一例

3D-RISM-SCF法で得られるものは分布関数であるため、ここから作ることのできる原子モデルは1つとは限りません。しかし、無限にある候補の中からもっともらしいモデルを作成するための参考にすることができると考えられます。

まとめ#

3D-RISM-SCF法を用いて、水/TiO2(110)界面のシミュレーション事例を示しました。3D-RISM-SCF法を用いて求められた水の分布関数では、水/TiO2(110)界面で溶媒和構造を表現できることが分かりました。溶媒和エネルギーの解析では、理想表面よりも表面酸素欠陥がある表面の方が水に濡れやすいことが分かりました。本計算からは、表面酸素欠陥の生成エネルギーは、真空条件下と水存在下でほとんど差がないという結果が得られました。これは、本シミュレーションの条件下では表面酸素欠陥の生成に水の存在は大きく影響しないことを示唆します。しかし、今回のシミュレーションでは、表面酸素欠陥が形成された後の酸素原子は酸素分子となり、真空領域に脱離することを想定しています。この想定が水存在下での表面酸素欠陥生成の正しい過程であるかを検討する必要があります。

参考文献#

  1. M. Sumita, C. Hu, Y. Tateyama, J. Phys. Chem. C 114 (2010) 18529.
  2. 館山佳尚, 表面科学33 巻 (2012) 6 号 p. 345
  3. A. Kovalenko, F. Hirata, Chem. Phys. Lett. 290 (1998) 237.
  4. H. Sato, A. Kovalenko, F. Hirata, J. Chem. Phys. 112 (2000) 9463.
  5. H. J. C. Berendsen, J. R. Grigera, T. P. Straatsma, J. Phys. Chem. 91 (1987) 6269.

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