カーボンナノチューブにおけるStone-Wales欠陥の第一原理計算#

カーボンナノチューブ(CNT)は、その特異な機械的・電気的特性から次世代材料として注目されていますが、合成過程で導入される構造欠陥が物性に大きな影響を与えます。Stone-Wales(SW)欠陥は、C-C結合の90度回転により形成される五員環と七員環のペアからなる代表的なトポロジカル欠陥です。この欠陥が存在すると、CNTの電気伝導、熱輸送、化学反応性などが変化することが知られています。本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、金属的な性質を持つ(5,5)アームチェア型CNTに導入されたSW欠陥の安定性と電子状態を評価し、物性への影響を明らかにします。
Keywords: 第一原理計算, Stone-Wales欠陥, カーボンナノチューブ (CNT), 欠陥生成エネルギー, バンド構造, 電荷密度
計算モデルと計算条件#
金属的な性質を持つことで知られる(5,5)アームチェア型CNTを対象としました。軸方向に5倍の長さを持つスーパーセル(炭素原子100個)を作成し、その中心に一つのSW欠陥を導入しました(図1)。このSW欠陥は、チューブの軸方向に対して約30°の角度を持つC-C結合を90°回転させることで形成しました。その結果、7/5/5/7という七員環・五員環のペアが形成されています。また、円周方向の結合を回転させて作られる、もう一種類のSW欠陥も存在しますが、本解析では軸方向の結合回転によって形成される欠陥を対象としました。

図1. 計算モデル。(左) 軸方向結合の回転によるSW欠陥を持つCNT(5,5)の最適化構造(側面図)。(右) 同モデルの軸方向から見た図。視認性向上のため、SW欠陥を構成する五員環・七員環ペア以外の原子を半透明で表示しています。
本解析で用いた主な計算条件を表1に示します。チューブ間の不要な相互作用を排除するため、径方向に約18Åの真空層を設けています。各原子に働く力が0.0002 Hartree/bohr以下になるまで構造最適化計算を行いました。
表1. 計算条件の概要
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 擬ポテンシャル | ウルトラソフト擬ポテンシャル |
| 交換相関汎関数 | GGA-PBE |
| 波動関数のカットオフエネルギー | 25 Rydberg (約340 eV) |
| k点サンプリング (SCF計算) | 1x1x3 |
計算結果#
欠陥生成エネルギー#
SW欠陥を導入するのに必要なエネルギー(欠陥生成エネルギー)を、以下の式で算出しました。
ΔE = E (CNT with SW) – E (pristine CNT)
計算の結果、軸方向結合の回転によるSW欠陥の生成エネルギーは 2.78 eV となりました。この値は、先行研究 [1] における計算値(約2.5 eV)と概ね一致しており、本計算の妥当性を示唆します。正の値は、この欠陥が自然発生するのではなく、外部からエネルギーが加わることで生成されることを意味します。例えば、CNTの一般的な合成温度である1000 K (~727 °C) における熱エネルギー () は約0.09 eVであり、2.78 eVという値はこれより遥かに大きいです。このことから、SW欠陥は単なる熱揺らぎではなく、成長過程や照射など、より高エネルギーの事象によって形成されると示唆されます。
バンド構造#
図2にSW欠陥を持つCNT(5,5)のバンド構造を示します。フェルミ準位(0 eV)において価電子帯と伝導帯が交差しており、状態密度が有限であることから、金属的な性質が維持されていることがわかります。一般的に、CNTに導入されるSW欠陥は、その向きによって電子物性に与える影響が大きく異なることが知られています。先行研究 [2] の第一原理計算によれば、金属的な(5,5)CNTにおいて、円周方向の結合回転によるSW欠陥はバンドギャップを形成し、チューブを半導体化させると報告されています 。一方で、軸方向の結合回転によるSW欠陥はバンドギャップを開かず、金属的な性質を維持することも示されています。本解析では、後者の軸方向の結合回転によって形成されるSW欠陥に焦点を当てて評価を行い、その結果は先行研究の知見と整合しています。

図2. SW欠陥を含むCNT(5,5)のバンド構造。横軸はチューブの軸方向に沿ったブリルアンゾーンの対称点(Γ点は原点、X点はゾーン端)、縦軸はエネルギーを示します。フェルミ準位(赤点線)でバンドが交差しており、金属的な性質が維持されていることがわかります。
電荷密度解析#
図3に、黄色い等値面で示した全電荷密度の分布を示します。左図から、原子間に共有結合(σ結合)が形成されている様子が確認できます。一方、より高い密度で等値面を表示した右図を見ると、SW欠陥周辺で結合上の電荷密度がわずかに低下していることがわかります。これは、理想的な六員環ネットワークからの歪みにより、共有結合の性質が局所的に変化していることを示唆しています。

図3. 全電荷密度の等値面。(左) σ結合を示す等値面。(右) 欠陥部での電荷密度のわずかな低下を示す等値面。
分子の化学反応性がフロンティア軌道(特に最高被占軌道)近傍の電子状態で決まるように、金属の化学反応性(イオン化傾向や触媒活性など)はフェルミ準位近傍の電子状態に支配されます。図4は、フェルミ準位近傍(フェルミ準位から-0.2 eV)の部分電荷密度を示したものです。SW欠陥のない理想的なCNTでは、π軌道はチューブ全体に非局在化して均一に分布しますが、図4ではSW欠陥サイト周辺にπ軌道が局在化している様子がはっきりとわかります。

図4. フェルミ準位近傍の部分電荷密度。(左) 軸方向から見た図。(右) 側面図。SW欠陥の位置にπ軌道が不均一に分布(局在)していることが確認でき、これが高い化学反応性の起源であると考えられます。
考察#
本計算により、CNT(5,5)中のSW欠陥は、チューブ本来の金属的な電子状態を大きく変えない一方で、局所的な電子状態に顕著な変化をもたらすことが明らかになりました。特に、フェルミ準位近傍の電子(π軌道)が欠陥サイトに局在化するという結果は、この領域が高い化学反応性を持つことを強く示唆しています。これは、SW欠陥がCNTの官能基化やセンサー応用における活性点として機能する可能性を示しています。文献 [3] では、このような欠陥サイトの反応性が、単に五員環や七員環が存在するというだけでなく、欠陥を構成するC-C結合のチューブ軸に対する「向き」によっても大きく変化することが示されており、より詳細な反応メカニズムの理解につながります。
また、SW欠陥は電子状態だけでなく、他の物理特性にも影響を及ぼします。例えば、原子配列の乱れはフォノン(格子振動)の散乱中心として機能するため、熱伝導特性を低下させることが知られています。文献 [4] では、非平衡グリーン関数法を用いて、SW欠陥がフォノン輸送に与える影響を理論的に解明しています。このように、電子レベルでの特性評価は、化学反応性から熱・電子輸送特性に至るまで、欠陥を含むナノ材料の多様な物性を理解するための基礎となる重要な知見を与えます。
まとめ#
本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、金属的CNT(5,5)に導入されたSW欠陥の安定性と電子状態を評価しました。欠陥生成エネルギーは2.78 eVと算出されました。また、バンド構造解析から、このSW欠陥ではCNT本来の金属的な性質が保持されていることが確認されました。さらに、部分電荷密度解析から、フェルミ準位近傍のπ軌道が欠陥サイト周辺に局在化することが明らかになり、これがSW欠陥の高い化学反応性の起源であることが示唆されました。これらの結果は、第一原理計算がナノ材料中の欠陥が物性に与える影響を原子・電子レベルで解明するための強力なツールであることを示しています。
参考文献#
- T. C. Dinadayalane and J. Leszczynski, "Stone–Wales defects with two different orientations in (5, 5) single-walled carbon nanotubes: a theoretical study", Chem. Phys. Lett. 434, 86 (2007).
- P. Partovi-Azar and A. Namiranian, "Stone–Wales defects can cause a metal–semiconductor transition in carbon nanotubes depending on their orientation", J. Phys.: Condensed Matt. 24, 035301 (2011).
- H. F. Bettinger, "The reactivity of defects at the sidewalls of single-walled carbon nanotubes: The Stone-Wales defect", J. Phys. Chem. B 109, 6922 (2005).
- T. Yamamoto and K. Watanabe, "Nonequilibrium green’s function approach to phonon transport in defective carbon nanotubes", Phys. Rev. Lett. 96, 255503 (2006).
関連ページ#
- 第一原理計算ソフトウェア Advance/PHASE
- 解析分野:ナノ・バイオ
- 産業分野:材料・化学