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特殊準不規則構造(SQS)法を用いたMo-W合金の第一原理シミュレーション#

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無秩序合金(固溶体)の物理的性質を第一原理計算から予測することは、材料開発において極めて重要です。本解析では「特殊準不規則構造(SQS:Special Quasirandom Structure)法」を用い、全率固溶体であるMo-W合金(Mo0.5W0.5)のシミュレーションを実施しました。第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを利用してサイズの異なるSQSモデルを作成し、状態方程式(EOS)から格子定数および体積弾性率のセルサイズ依存性(収束性)を評価しました。

Keywords: 第一原理計算, DFTシミュレーション, 特殊準不規則構造 (SQS), 合金, Mo-W, 置換型固溶体, 状態方程式 (EOS), 体積弾性率

理論背景と計算モデル#

SQS法による無秩序合金のモデル化#

完全なランダム配置を単純な乱数発生によって構築しようとすると、統計的なばらつき(局所的な組成の偏り)を抑えるために数千〜数万原子の巨大なモデルが必要となり、第一原理計算には適用困難です。SQS法 [1] は、目標とする完全不規則合金が持つ局所的な原子の並びの規則性(クラスター相関関数)を計算し、その相関関数と極めて近い値を持つ「特殊な原子配置」を意図的に探索・構築する手法です。 これにより、わずか数十原子程度の比較的小さなスーパーセルであっても、巨視的な完全不規則合金が持つ理想的な局所環境(意図しない構造的偏りを排除した無作為な配置)を高精度に模倣することが可能となり、計算コストと予測精度の両立を実現します。

計算モデル#

本計算は、Mo0.5W0.5固溶体モデルを対象とします。Mo(モリブデン)とW(タングステン)は、原子半径が近く、あらゆる組成比で体心立方格子(BCC)の無秩序固溶体を形成します [2]。 金属固体の平衡体積と弾性特性を精度よく記述するため、交換相関汎関数には固体向けのPBEsolを採用しました。計算条件は表1の通りです。

表1. 計算条件

項目 設定
擬ポテンシャル ウルトラソフト擬ポテンシャル
交換相関汎関数 GGA (PBEsol)
波動関数のカットオフエネルギー 25 Rydberg
k点サンプリング (SCF) 12x12x12 (BCC慣用単位胞使用時)

※実際のスーパーセル計算では、セルの拡張率に反比例させてk点メッシュをスケーリングし、ブリルアンゾーン内のサンプリング密度を一定に保っています。

SQS構造の作成#

Advance/PHASEのGUI(PHASE Viewer)に組み込まれた mcsqs (ATAT) コード [3, 4] を使用し、BCCのWをベースとして、Wサイトの50%をMoで置換したSQSモデルを作成しました。GUI上で初期構造としてW(Materials Project ID: mp-91)を指定し、置換比率と作成したいスーパーセルのサイズを入力するだけで、自動的に最適な不規則配置が探索されます(図1)。

SQS generator GUI in Advance/PHASE
図1. PHASE Viewerを用いたSQS生成ダイアログの設定例。初期構造、スーパーセルのスケーリングファクター、および置換比率を指定します。

スーパーセルのサイズに対する物理量の収束性を確認するため、本解析では以下の3種類のモデルを構築しました(図2)。

  • 16原子モデル: 2x2x2 スーパーセル(Mo: 8原子, W: 8原子)
  • 32原子モデル: 2x2x4 スーパーセル(Mo: 16原子, W: 16原子)
  • 54原子モデル: 3x3x3 スーパーセル(Mo: 27原子, W: 27原子)

Generated SQS structures for Mo0.5W0.5
図2. 作成したMo0.5W0.5のSQSモデル(左から16原子、32原子、54原子セル)。

構造最適化のアプローチと制約#

本解析に用いたSQSは「局所的にはランダムだが、巨視的にはBCCの対称性を持つMo0.5W0.5合金」を、人為的に小さなスーパーセルで表現した近似モデルです。そのため、セルの形状や角度まで完全に自由にして最適化(Full relaxation)してしまうと、SQSモデル特有の局所的な原子配置の偏りに引っ張られて、セルがわずかに歪んでしまう(例:角度が90度から89.8度になるなど、三斜晶系のように変形する)現象が起こり得ます。

このような人工的な対称性の低下を防ぎ、材料本来の巨視的な性質を正しく評価するため、本計算における状態方程式(EOS)作成用の構造緩和では以下の制約を設けました。

  • セル形状の固定: 巨視的な対称性である立方晶(または等方的に拡張された正方晶)の直交性(α = β = γ = 90°)と、各軸の比率を維持する。
  • 体積の最適化: セル形状を維持したまま、セルの体積(スケーリングファクター)を等方的に変化させて複数点のエネルギーを計算する。
  • 内部座標の緩和: 異種原子間の局所的なサイズの差異による変位を許容するため、各原子の内部座標(Fractional coordinates)は自由に最適化する。

計算結果と考察#

純物質(リファレンス)の計算#

比較の基準として、純粋なMoおよびW(BCC単位胞)の構造最適化とEOSフィッティングを行いました(表2)。PBEsol汎関数を用いることで、重い遷移金属であるMoおよびWの格子定数と体積弾性率が妥当に評価されています。

表2. 純Moおよび純Wの計算結果

元素 格子定数 (Å) 体積弾性率 (GPa)
Mo 3.1362 277.0
W 3.1488 322.9

Mo0.5W0.5 合金の状態方程式(EOS)とサイズ依存性#

前述の制約に従い、作成した3種類のSQSモデルに対して体積を変化させたエネルギー・体積(E-V)曲線を計算しました。 図3に各SQSモデルのEOSフィッティング結果を示します。

EOS plots for Mo0.5W0.5 SQS models
図3. Mo0.5W0.5 SQSモデル(16原子、32原子、54原子)の状態方程式(EOS)フィッティング。

算出されたMo0.5W0.5の格子定数および体積弾性率をサイズごとに整理したものが表3です。比較のため、計算されたスーパーセルの格子定数をBCCの慣用単位胞(2原子)あたりの値(abcc)に換算しています。

表3. Mo0.5W0.5 SQSモデルの計算結果とサイズ依存性

モデル (原子数) スーパーセル格子定数 (Å) 換算 abcc (Å) 体積弾性率 (GPa)
2x2x2 (16原子) a = 6.2849 3.14245 300.3
2x2x4 (32原子) a, b = 6.2848, c = 12.5695 3.14240 298.4
3x3x3 (54原子) a = 9.4269 3.14230 298.8

考察#

1. 格子定数のVegard則: 換算されたBCC格子定数(約3.142 Å)は、純Mo(3.1362 Å)と純W(3.1488 Å)のほぼ中間の値を示しました。 さらに、セルサイズを16原子から54原子まで拡大しても、その変動幅は 0.0001 Å 程度の非常に小さな誤差に収まっています。これは、本計算で作成したSQSモデルが理想的な無秩序配置をよく近似しており、第一原理計算によってVegard則(合金の格子定数が、混ぜ合わせた元素の割合に比例して直線的に変化するという経験則)がよく再現されていることを示しています。

2. 体積弾性率の収束性: 16原子の極小セルでは体積弾性率が 300.3 GPa と評価されていますが、32原子、54原子とセルを大きくしても298.4~298.8 GPa付近へと漸近(収束)していく挙動が確認できました。この結果は、Mo-W合金の体積弾性率が線形平均(約299.9 GPa、表2から算出)に非常に近いことを示唆するとともに、16原子モデルでもMo-W合金の構造をよく表現できることが明らかになっています。

まとめ#

第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEとSQS法を組み合わせたアプローチにより、Mo-W固溶体合金の巨視的な物性をDFT計算から高精度に予測できることを確認しました。GUIを用いた直感的なSQSモデルの構築から、セル変形を抑制した適切な構造緩和、そして状態方程式(EOS)の評価を通じた弾性特性の算出まで、シームレスな解析が可能です。本事例で得られた格子定数・体積弾性率の線形性に関する知見は、新たな構造材料や耐熱合金の設計において、SQS法を用いた第一原理計算が強力なツールとなることを示しています。

本解析の詳細や、研究への適用可能性に関するご相談はこちら

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参考文献#

  1. A. Zunger, S.-H. Wei, L. G. Ferreira, and J. E. Bernard, "Special quasirandom structures", Phys. Rev. Lett. 65, 353 (1990).
  2. P. A. Turchi, V. Drchal, J. Kudrnovsky, C. Colinet, L. Kaufman, and Z. Liu, "Application of ab initio and CALPHAD thermodynamics to Mo-Ta-W alloys", Phys. Rev. B 71, 094206 (2005).
  3. A. van de Walle, P. Tiwary, M. de Jong, D. L. Olmsted, M. Asta, A. Dick, D. Shin, Y. Wang, L.-Q. Chen, and Z.-K. Liu, "Efficient stochastic generation of special quasirandom structures", Calphad 42, 13 (2013).
  4. A. Van De Walle, M. Asta, and G. Ceder, "The alloy theoretic automated toolkit: A user guide", Calphad 26, 539 (2002).

関連ページ#