金属の一般化積層欠陥エネルギーの第一原理計算:傾斜スーパーセル法#

金属の塑性変形は、結晶中を転位が運動することで担われます。面心立方 (fcc) 金属では、完全転位が2本のショックレー部分転位に分解し、その間に積層欠陥 (stacking fault, SF) のリボンを引きずりながら滑ります。この分解幅、交差すべりのしやすさ、変形双晶や加工誘起マルテンサイト変態 (fcc→hcp) の起こりやすさは、いずれも「一般化積層欠陥エネルギー(generalized stacking fault energy, GSFE, または -surface)」に支配されます。とりわけコバルト (Co) は、fccとhcpのエネルギー差が小さく、積層欠陥エネルギーが負にもなり得る特異な金属で、その変形機構の理解にはGSFE曲線の定量評価が欠かせません。本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEと「傾斜スーパーセル法」 (tilted supercell法) を用い、純fcc CoのGSFE曲線全体 (完全結晶→固有積層欠陥→2層双晶) を算出し、不安定積層欠陥エネルギー をはじめとする特性値を評価します。
Keywords: 第一原理計算, DFTシミュレーション, 一般化積層欠陥エネルギー (GSFE) , 傾斜スーパーセル法, ショックレー部分転位, 不安定積層欠陥エネルギー, 変形双晶
計算方法:傾斜スーパーセル法による一般化積層欠陥エネルギー#
fcc結晶の完全転位 は、(111)すべり面上で2本のショックレー部分転位に分解します [1]。
先行部分転位のバーガースベクトルは (大きさ 、 はfcc格子定数) です。一般化積層欠陥エネルギー (GSFE) は、(111)面の上半分を面内方向 だけ剛体的にずらしたときの、単位面積あたりの過剰エネルギーとして定義されます [2, 3]。ここで無次元すべり量 は部分転位ベクトルで規格化したものです。
- : すべり量 の構造の全エネルギー、: 完全fccの全エネルギー (基準)
- : (111)欠陥面の1原子/層セルあたりの面積 ( はfcc格子定数)
積層欠陥を挟む厚いスーパーセル (2界面モデル) と違って、傾斜スーパーセル法 [4] では、セルの第3軸ベクトル 自体を滑りベクトル方向に傾けることで、原子を動かさずにセル境界に欠陥を1つだけ導入します。
これにより、(1) 欠陥が1界面のみ (単一界面, ) となり面積補正が単純、(2) 少ない原子数で済む、(3) 完全結晶から固有積層欠陥・双晶までを連続的な の関数として一貫して扱える、という利点が得られます。 を0から2まで動かすと、GSFE曲線は次の特徴的な点を通過します (図1)。
- :完全fcc (積層 …ABCABC…、基準)
- :先行部分転位の通過。極大が不安定積層欠陥エネルギー (部分転位すべりの障壁)
- :固有積層欠陥 (hcp配位の連続2層=hcp核を内包)
- :隣接面での第2部分転位 (双晶部分転位)。極大が不安定双晶欠陥エネルギー
- :外因性積層欠陥 (hcp配位の2層が完全積層1層を挟む=2層双晶に相当)
計算モデルと計算条件#
計算モデルは、平衡格子定数 Å の強磁性fcc Coから作成した、[111]方向に12層 (1原子/層=12原子)の傾斜スーパーセルです。層数を3の倍数とすることで においてセル境界が完全fccとして連続し、境界に人為的な欠陥が生じません。面内格子ベクトルは Å、部分転位の大きさは Å です。図1に、傾斜スーパーセル法の考え方を示します。

図1. 傾斜スーパーセル法による積層欠陥導入の模式図。 不透明な原子はメインセル内、半透明の原子は周期境界条件によって仮想的に配置された上下の隣接セルを表します。 青い破線は傾斜スーパーセルの境界(第3軸ベクトル )を示し、橙色の横線は積層欠陥が導入されるセル境界を意味します。 (a) 完全結晶fcc ():セルの傾きはなく、境界を跨いで完全な積層列(...ABCABC...)が連続します。 (b) 固有積層欠陥 (ISF, ):セルが部分転位ベクトル 分だけ傾くことで、周期境界の接続により、境界を跨いだ積層順序が乱れてhcp配位の核(...BC│BC...)が自然に導入されます。 (c) 外因性積層欠陥 (ESF, ):さらにセルが傾くことで、hcp配位が完全積層を挟む外因性積層欠陥(2層双晶に相当)が形成されます。
本解析で用いた主な計算条件を表1に示します。すべての で擬ポテンシャル・カットオフ・k点・交換相関汎関数を統一し、系統誤差を相殺させています。積層欠陥は(111)面に垂直な原子緩和のみを許し (面内は固定)、-surfaceの物理的定義に準拠しています。
表1. 計算条件の概要
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 擬ポテンシャル | ウルトラソフト型 |
| 交換相関汎関数 | GGA (PBE) |
| 磁性 | 強磁性、初期スピン分極 ζ = 0.2 |
| 波動関数のカットオフエネルギー | 36 Rydberg (約490 eV) |
| k点サンプリング | 13×13×2 (Monkhorst–Pack) |
| 構造最適化 | (111)面に垂直な座標のみ緩和 (面内固定) |
| モデル | 12層×1原子/層 (12原子)、傾斜・単一界面セル |
GSFEは緩和条件で値が変わるため、本解析では2通りを算出しました。ひとつは無緩和 (剛体シフト直後、原子緩和なし) で、もうひとつはz緩和 (欠陥面に垂直な緩和のみ許容) です。
計算結果と考察#
GSFE曲線#
から まで0.1刻みの全21点を計算して得たGSFE曲線を図2に示します。曲線は2つの山をもち、 が先行部分転位、 が双晶部分転位に対応します。 でエネルギーが負になるのは、Coではhcpが基底状態であり、2層のhcp核 (積層欠陥) がfccより安定なためで、ANNNI描像 ( は1原子あたりの全エネルギー) と整合します。

図2. 純fcc Coの一般化積層欠陥エネルギー曲線。赤(□)=無緩和 (剛体シフト)、青(○)=z緩和。緑の横棒は文献値 (Tian et al. 2017、EMTO [4])。星印は特性値 (USF)、(ISF)、(UTF)、(ESF)。極大の位置 は必ずしも ではなく、 は 、 は にあります。
表2. 純fcc Coの積層欠陥特性エネルギー (単位: mJ/m2)
| 記号 | 特性 | 本計算 (無緩和) | 本計算 (z緩和) | 文献 [4] (EMTO) |
|---|---|---|---|---|
| 不安定積層欠陥 (USF, ) | 282 | 252 | 290 | |
| 固有積層欠陥 (ISF, ) | −106 | −110 | −106.2 | |
| 不安定双晶欠陥 (UTF, ) | 213 | 175 | 244.3 | |
| 外因性積層欠陥 (ESF, ) | −136 | −138 | — |
不安定積層欠陥エネルギーは、剛体シフト直後の無緩和で mJ/m2、実際の欠陥に対応するz緩和で約 252 mJ/m2 と得られました。文献 [4] の値(290 mJ/m2)は欠陥層のみ垂直方向に緩和させた条件で算出されており、本計算の無緩和値およびz緩和値は、その文献値と同程度の妥当な範囲に収まっています。特に固有積層欠陥エネルギーは無緩和 mJ/m2 で、文献値 mJ/m2 [4] と非常によく一致しており、面積の定義・エネルギー抽出・単一界面モデルの妥当性を裏づけています。 の文献値との差も数%程度であり、手法の差異 (本計算は平面波・ウルトラソフト擬ポテンシャル、文献はEMTO-CPA) や緩和条件の違いを考慮すれば良好な一致です。 は文献よりやや小さい (約13%差) ものの、山の順序・符号・大小関係は再現しています。
物理的には、無緩和で mJ/m2 であり、純Coでは先行部分転位による積層欠陥形成が変形双晶より起こりやすいことを示します。これは文献 [4] の結論 (USF UTF−ISF)と同傾向です。
緩和後の欠陥構造#
z緩和後の代表的な傾斜スーパーセル構造を図3に示します。すべり量 の増加とともにセル (青枠) が[111]方向に沿って系統的に傾いていく様子が確認でき、傾斜スーパーセル法が原子を大きく動かすことなく欠陥を導入していることがわかります。

図3. z緩和後の傾斜スーパーセル構造 (視認性のため4x4x1スーパーセルで表示)。左から 。x軸方向からの投影 (z=[111]方向、y=面内)。青枠がセル境界で、 とともに傾きが増加。 はISF、 はそれぞれ先行・双晶部分転位すべりの障壁 (極大) 近傍に対応します。
なお、不安定積層欠陥・不安定双晶エネルギーは「山の頂上 (サドル点)」の値であり、その位置は必ずしも や ではありません。GSFE曲線は正弦波ではなく非対称に歪むため、極大は幾何学的中点からずれます。本計算では、0.1刻みのサンプリングとスプライン・放物線内挿 (両者は0.5 mJ/m2以内で一致) から、 の極大が (0.5より低u側)、 の極大が (ほぼ1.5) にあることを確認しました。したがって 一点で不安定積層欠陥エネルギーを代表させると、真の極大 (282 mJ/m2) を約4 mJ/m2過小評価します。傾斜スーパーセル法で を精度良く求めるには、極大近傍を複数点サンプリングして内挿・フィットすることが推奨されます。
補足:傾斜スーパーセル法の留意点#
傾斜スーパーセル法は、少ない原子数でGSFE曲線全体を効率的に得られる強力な手法ですが、次の点に留意すると信頼性の高い評価ができます。
- 極大位置のサンプリング:上述の通り の極大は から数%ずれます。極大近傍を細かく取り (例:)、放物線・スプラインで内挿してサドル点を決めるのが確実です。
- 緩和条件の明示と面内固定:計算値は緩和条件(無緩和かz緩和か)で数十 mJ/m2 異なり得るため (本計算では が緩和で282→252に低下)、比較の際は条件の明示が必須です。また、面内緩和を許すと原子が最安定点へ移動して欠陥が消滅するため、面内方向は固定 (垂直方向のみ緩和) として計算します。
- 単一界面と面積:本モデルはセルあたり欠陥1界面 ()で、面積は (1原子/層) です。2原子/層セルや2界面モデルでは面積・界面数の係数が変わるため、 の規格化に注意します。
本事例の純fcc Coは、実験・他手法 (EMTO) と良く整合し、傾斜スーパーセル法が金属のGSFE評価に有効であることを示しています。合金化や有限温度の効果、あるいは芯の再構成を伴う欠陥を扱う場合は、熱力学計算との併用が推奨されます。
まとめ#
本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEと傾斜スーパーセル法を用い、わずか12原子のモデルから純fcc Coの一般化積層欠陥エネルギー曲線全体 (完全結晶→ISF→2層双晶) を算出しました。不安定積層欠陥エネルギーは無緩和で mJ/m2 (z緩和で約252)、固有積層欠陥エネルギーは mJ/m2 と得られ、文献値とよく一致しています。ISFが負値をとることはCoのhcp安定性を反映しており、先行部分転位すべりが変形双晶より優先されるという変形機構の描像も再現しています。また、不安定積層欠陥エネルギーの極大は ちょうどではなく にあることを示し、傾斜スーパーセル法で特性値を精度良く求める際の実務上の留意点を明らかにしました。第一原理計算は、金属の塑性・変形双晶・相変態を支配する積層欠陥エネルギーを原子レベルで定量評価し、構造材料の設計に貢献する強力なツールです。
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お問い合わせ参考文献#
- J. P. Hirth and J. Lothe, Theory of Dislocations, 2nd ed. (Wiley, New York, 1982).
- V. Vítek, "Intrinsic stacking faults in body-centred cubic crystals", Philos. Mag. 18, 773 (1968).
- G. Lu, N. Kioussis, V. V. Bulatov, and E. Kaxiras, "Generalized-stacking-fault energy surface and dislocation properties of aluminum", Phys. Rev. B 62, 3099 (2000).
- L.-Y. Tian, R. Lizárraga, H. Larsson, E. Holmström, and L. Vitos, "A first principles study of the stacking fault energies for fcc Co-based binary alloys", Acta Materialia 136, 215 (2017).
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- 第一原理計算ソフトウェア Advance/PHASE
- 解析分野:ナノ・バイオ
- 産業分野:材料・化学