高誘電率(high-k)材料の探索と誘電率の第一原理計算#
半導体デバイスの微細化に伴い、ゲート絶縁膜のリーク電流増大が深刻な課題となっています。この解決策として、従来のSiO2より誘電率の高い材料(high-k材料)への転換が進められてきました。現在、主流のhigh-k材料はハフニウム酸化物(HfO2)ですが、さらなる高性能化を目指し、より誘電率の高い材料の探求が続いています。酸化セリウム(CeO2)は、HfO2を上回る誘電率を持つ可能性や、シリコン(Si)基板との良好な格子整合性から、次世代半導体の絶縁膜や新規メモリデバイスへの応用が期待される材料です。本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、CeO2およびその関連酸化物の誘電率を計算し、そのポテンシャルを検証します。
Keywords: 第一原理計算, 高誘電率材料, ゲート絶縁膜, 酸化セリウム(CeO2), 誘電率
計算手法#
物質の比誘電率 は、外部電場に対する応答を示し、電子分極に由来する「電子項」と、イオン(原子核)の変位に由来する「格子項」の和で表されます。
Advance/PHASEでは、これらの寄与を別々のモジュールで計算します。
-
電子誘電率 (): 光周波数領域での応答に相当し、主に
UVSOR-Epsilon
モジュールで計算されます 。バンド間の遷移確率を計算し、そこから誘電関数の虚部を求め、さらにクラマース・クローニッヒの関係式を用いてを算出します。 -
格子誘電率 (): イオン変位に伴う分極であり、
UVSOR-Berry-Phonon
モジュールで計算されます。このモジュールは、現代的な分極理論であるベリー位相(Berry Phase)法 を実装しています。ベリー位相計算から各原子の有効電荷(Born Effective Charge)を求め、格子振動解析から得られる固有モードの振動数と固有ベクトルを組み合わせることで、格子誘電率を高い精度で決定します。この一連の計算はワークフロー構築によりスムーズに実行できます。
計算モデル#
結晶構造#
計算対象のCeO2は、図1(a)に示す蛍石(Fluorite)型構造をとります。CeO2の大きな利点の一つは、半導体産業の基盤であるSiとの格子定数のミスマッチが非常に小さいことです。これにより、Si(111)基板上に高品質なCeO2単結晶薄膜をエピタキシャル成長させることが可能です。
図1. CeO2(蛍石型)とセリウム酸化物の結晶構造
また、セリウムは酸素分圧や温度によって多様な酸化物相を形成します [1]。CeO2 は高温・高酸素分圧で安定ですが、酸素が欠乏するとCe2O3に関連する様々な相が出現します。本解析では、代表的な相であるCeO2、h-Ce2O3、c-Ce2O3の3つの結晶構造(図1)について計算を行いました。ただし、本解析ではセリウム酸化物の比較において格子誘電率に重点を置いているため、電子誘電率の計算はCeO2のみで行いました。
計算結果と考察#
電子構造と電子的誘電率#
誘電体として機能するためには、材料が適切なバンドギャップを持つ絶縁体であることが必要です。図2にCeO2の射影状態密度(PDOS)と電子バンド構造を示します。価電子帯(O 2p軌道が主成分)と伝導帯(Ce 4f軌道が主成分)の間に明確なバンドギャップが形成されており、CeO2が絶縁体であることが確認できます。
図2. CeO2の電子構造(左:射影状態密度、 右:バンド構造)。価電子帯の最も高いエネルギー準位を0 eVと定義しています。
図3はCeO2の電子誘電関数の虚部と実部を示しています。虚部のスペクトルで見られる鋭いピークは、主に酸素の2p軌道からセリウムの4f軌道への電子遷移に由来します。一方、実部から読み取れる静的電子誘電率 は7.5であり、これは先行の理論計算 [2] で報告されている値とよく一致します。
図3. CeO2の電子誘電関数: (a)虚部、 (b)実部。実部から静的電子誘電率が得られます(赤の矢印)。
格子振動と格子的誘電率#
次に、格子振動による誘電率への寄与を評価しました。UVSOR-Berry-Phonon
計算により、CeO2においてボルン有効電荷はZ(Ce) = 5.712, Z(O) = -2.856 と得られました。イオンの価数(Ce: +4, O: -2)と比較して非常に大きな有効電荷は、Ce-O間の結合に強いイオン性と共有結合性が混在していることを示唆し、これが大きな格子分極、すなわち高い格子誘電率の起源となります。計算された格子誘電率 は16.8でした。
誘電率と実験値との比較#
図4に、CeO2の計算結果を、他のセリウム酸化物相(格子誘電率のみ)や実験値と共に示します。計算された格子誘電率は、CeO2が16.8と最も高く、次いでh-Ce2O3が15.4、c-Ce2O3が9.2となりました。CeO2とh-Ce2O3は近い値を示す一方、c-Ce2O3は著しく低い値です。この結果は、CeO2結晶中に酸素の抜け(酸素空孔)の発生による格子誘電率の低下の可能性を示唆しています。
図4. セリウム酸化物の誘電率(計算値と実験値の比較)
CeO2において、電子系と格子系の合計から算出した誘電率24.3は、文献[3]で報告されている実験値である23と良好な一致を示しています。また、誘電率の内訳を見ると、電子項よりも格子項の寄与が支配的に大きいことが分かります。これは、"重い金属酸化物" や "軟らかい" (低振動数) といった、high-k材料の経験的な探索指針を裏付ける結果となっています。
まとめ#
本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用いて、有望なhigh-k材料である酸化セリウム(CeO2)とその関連酸化物の誘電率を計算しました。計算により電子項と格子項の寄与を分離した結果、CeO2の高い誘電率は、格子項が支配的であることが明らかになりました。これは、イオンの価数から大きくずれたボルン有効電荷に代表される強いイオン結合性と、ソフトな(低い振動数の)格子振動に起因する大きな格子分極によるものと考えられます。CeO2の計算値は実験値とよく一致し、本シミュレーションが材料の誘電特性を正確に予測する上で有効であることを示しています。
参考文献#
-
L. Eyring, Synthesis of Lanthanide and Actinide Compound, Kluwer Academic Publisher (Netherland), 1991, p 187.
-
N. V. Skorodumova, N. V., et al., Phys. Rev. B 64, 115108 (2001).
-
N. I. Santha et al., J. Am. Ceram. Soc. 87, 1233 (2004).
関連ページ#
- 第一原理計算ソフトウェア Advance/PHASE
- 解析分野:ナノ・バイオ
- 産業分野:材料・化学