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Li内包フラーレンの電子状態解析#

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フラーレンは、炭素原子が球状に結合したナノサイズの分子であり、その内部空間に原子や分子を内包させることができます。このようにして生成された物質は「内包フラーレン」と呼ばれ、特異な電子的・磁気的特性を示すことから、新しい機能性材料としての応用が期待されています。特に、リチウム(Li)のようなアルカリ金属を内包したフラーレン(Li@C60)は、Li原子からフラーレンケージへの顕著な電子移動が起こることが知られています。この電荷移動は、材料の物性を根本から変える重要な現象です。本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、Li原子を内包することによってC60フラーレンの電子状態がどのように変化するのかを、差電子密度を可視化することで詳細に解析します。

Keywords: 第一原理計算, フラーレン, C60, Li@C60, 内包フラーレン, 差電子密度, 電荷移動

計算手法とモデル#

計算手法#

電子状態計算には、密度汎関数理論(DFT)を用いました。Li原子の内包に伴う電子の再配分を可視化するため、差電子密度 を以下の式で算出しました。

\(\Delta\rho = \rho(\text{Li@C}_{60}) - \rho(\text{C}_{60}) \)

ここで、 はLi@C60系の電子密度、 はC60単体系の電子密度を表します。この解析により、系の形成に伴う電子の移動や再配置を視覚的に捉えることができます。

計算モデル#

計算モデルとして、一辺が20 Åの立方晶セル内に単一の分子を配置し、周期境界条件を適用しました(図1)。このセルサイズは、分子間の相互作用を十分に抑制し、孤立分子系を模擬するものです。計算に用いた主な条件は以下の通りです。

項目 設定値
擬ポテンシャル C: ウルトラソフト, Li: ノルム保存
カットオフエネルギー 25 Rydberg
k点メッシュ 2x2x2
スピン分極 C60: なし
Li@C60: あり (Li初期スピン: 0.1)

また、本計算ではC60骨格を剛体として固定し、内部のLi原子の座標のみを構造最適化しました。C60はsp2炭素間の強固な共有結合により極めて安定な構造を形成するため、単一のLi原子の内包による構造歪みは無視できるほど小さいと考えられます [1]。したがって、この剛体ケージ近似は、計算コストを効率的に抑制しつつ、系の本質的な電子状態を捉える上で有効かつ妥当な手法です。

計算モデル
図1. 計算モデル。左はC60フラーレンを配置した計算セル、右はLi@C60の拡大図。

結果と考察#

まず、第一原理計算から得られたC60とLi@C60の価電子密度分布を図2に示します。両者の密度分布は酷似しており、この図からLi内包による電子状態の変化を詳細に読み取ることは不向きです。

価電子密度分布
図2. 価電子密度分布の断面図。左がC60フラーレン、右がLi@C60

そこで、Li内包に起因する正味の電子分布変化を抽出するため、差電子密度 を算出し、その結果を図3に示します。図3は、Li原子からC60骨格への顕著な電子移動を明確に捉えています。電子密度が増加した領域(等値面)は、Li原子からC60ケージ内壁にかけて強く局在しています。そして、その局在の部分に対してtop viewで見ると、π軌道の形になっていることが分かります。

差電子密度分布
図3. 差電子密度分布 ( )。左は等値面、中はLi原子を通る断面図、右はtop viewでπ軌道の形を示す断面図。

この電子の局在化は、Li原子からC60へ電子が移動し、その結果生じた正に帯電したLiイオン (Li+) と、負に帯電したフラーレンケージ (C60-) との間の強い静電的相互作用によって安定化されます。これは、Li原子の価電子(2s電子)がC60の最低非占有軌道(LUMO)へ一つ移動したことを強く示唆するものです。さらに、この描像はLi@C60系に対して行ったスピン分極計算の結果によっても支持されます。計算された全スピン磁気モーメントは正確に1.0となり、系全体に不対電子が一つ存在することと一致します。

すなわち、Li原子はLi+イオンとして、C60ケージはC60-アニオンラジカルとして振る舞い、Li+@C60-というイオン対が形成されていることが明らかになりました。この描像は、内包金属フラーレンに関する文献報告 [2] とも一致しています。

まとめ#

本解析では、第一原理計算に基づきLi@C60の電子状態をシミュレーションしました。単独の電子密度比較では捉えにくい電子の再配分を、差電子密度解析という手法を用いることで鮮明に可視化し、Li原子からC60骨格への明確な電荷移動を明らかにしました。その結果、Li@C60はLi+@C60-と表現される電荷分離状態を形成していることが示唆されました。

参考文献#

  1. T. Akasaka and S. Nagase, Endofullerenes: A New Family of Carbon Clusters, Kluwer, Dordrecht, 2002.
  2. S. Yang, M. Yoon, C. Hicke, Z. Zhang, and E. Wang, "Electron transfer and localization in endohedral metallofullerenes: Ab initio density functional theory calculations", Phys. Rev. B 78, 115435 (2008).

関連ページ#