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ベリリウム(Be)の特異な弾性特性のDFT解析#

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ベリリウム(Be)は原子番号4の軽量金属でありながら、極めて高い剛性(ヤング率)を持つため、航空宇宙材料や音響機器の振動板として利用されています。また、Beは「ポアソン比(縦方向の圧縮に対する横方向の膨張比)が極めて小さい」という、一般的な金属材料とは異なる特異な性質を示すことが知られています 。本解析では、第一原理計算ソフトウェア Advance/PHASE を用い、Beの結晶構造、弾性定数、および電子状態を密度汎関数法 (DFT)で解析します。計算によって得られた微視的な電子密度分布から、Beがマクロな力学特性として「硬く、かつ変形しても横に広がりにくい」理由を解明します。

Keywords: 第一原理計算, DFTシミュレーション, ASE, Elastic, ベリリウム(Be), 弾性定数, ポアソン比, 状態方程式, 電荷密度分布

計算モデルと計算条件#

Beは常温常圧下で六方最密充填(hcp)構造をとります 。本計算では、hcp構造の基本単位胞(2原子/セル)を用いました。

弾性定数の算出にあたっては、Pythonベースの原子シミュレーション環境である ASE (Atomic Simulation Environment) および、弾性定数計算用パッケージである Elastic を利用しました。平衡構造に対して様々なパターンの微小なひずみ(strain)を印加し、各ひずみ状態における原子内部座標の最適化(Internal Relaxation)を行いました。その上で、得られた全エネルギーの変化をフィッティングし、独立な弾性コンプライアンス定数()を決定しました。この一連のプロセスが自動化されています。

本解析で用いた主な計算条件は表1の通りです。

表1. 計算条件の概要

項目 設定
結晶構造 六方最密充填構造 (hcp), 空間群
擬ポテンシャル ノルム保存型擬ポテンシャル (Be_US)
交換相関汎関数 GGA (PBE)
波動関数のカットオフエネルギー 35 Ry
k点サンプリング 20x20x16 (Monkhorst-Pack)

計算結果と考察#

1. 構造最適化と状態方程式 (EOS)#

まず、Be (hcp構造)の構造最適化を行い、体積と全エネルギーの関係(E-Vカーブ)を算出しました。得られたデータをBirch-Murnaghanの状態方程式にフィッティングした結果を図1に示します。

E-V curve and EOS fitting for hcp-Be
図1. hcp-Beの体積と単位胞あたりの全エネルギーの関係、およびBirch-Murnaghan状態方程式によるフィッティング結果。

フィッティングの結果、体積弾性率(Bulk Modulus, )は約 121.97 GPa と算出されました。この値は後述する弾性定数から求めた値や、先行研究によるPBE計算値(約123 GPa) とも非常によく一致しています。

2. 弾性定数とポアソン比の算出#

Elasticパッケージを用いて算出されたhcp-Beの弾性定数()および、それらからHill近似を用いて算出した多結晶弾性率を表2に示します。

表2. 計算された弾性定数および弾性率

弾性定数 (GPa) 本計算値
(面内方向) 287.54
(c軸方向) 395.25
54.30
4.45
169.03
多結晶弾性率 (Hill近似) 本計算値 先行研究 (PBE) 実験値 (室温) 代表的な金属(Al)
体積弾性率 (GPa) 121.53 123 116.8 ~76
ヤング率 (GPa) 316.40 333 * 316.3 * ~70
ポアソン比 0.066 0.051 0.050 ~0.33

* Hill近似を用いて算出

計算結果は、先行研究(PBE) や実験値 と比較しても良好な一致を示しています。特にポアソン比(実験値 0.050)の再現性は良くて、ヤング率についても実験値から換算した値(316.3 GPa)と本計算値(316.4 GPa)は非常によく一致しました。なお、実験値(室温)の体積弾性率が計算値(0 K)より若干低い理由としては、熱膨張による格子軟化の影響などが挙げられます。これらの計算結果において、特筆すべき物理的特徴は以下の2点です。

  • 極めて低いポアソン比 ():

アルミニウムなどの一般的な金属のポアソン比が0.3程度であるのに対し、Beは0.1を大きく下回っています。これは「縦に圧縮しても横にほとんど広がらない」ことを意味します。

  • の特異な小ささ (4.45 GPa):

が数百GPaであるのに対し、(c軸方向の歪みが面内方向に及ぼす影響)は非常に小さくなっています。これは、c軸方向と面内方向の結合(カップリング)が極めて弱いことを示唆しています。なお、の値は実験温度や計算条件(格子定数)に極めて敏感であるため、実験値とは温度効果等による差異が生じる場合があります。しかしながら、定性的な傾向(が他の成分に比べ極端に小さい点)は良好に再現されています。

3. 電荷密度分布による結合性の可視化#

この特異な弾性挙動の起源を解明するため、全電荷密度分布を解析しました。図2に2x2x2スーパーセルにおける等値面プロットを示します。

Charge density isosurface of hcp-Be
図2. hcp-Beの全電荷密度分布(等値面)。

図2からは、以下の電子構造的特徴が読み取れます。

  • 原子間の電子ブリッジ: 単なる球状の金属イオンの集合ではなく、隣接するBe原子間に電子密度の高い領域(結合の手)が明確に伸びており、強い方向性を持った共有結合的なネットワークを形成しています。
  • 空隙のある構造: 原子結合ネットワークの間に電子密度の低い空隙が存在する「Open Structure」となっています。

これらの特徴から、Beの低いポアソン比の微視的起源は以下のように説明できます。剛直な共有結合ネットワークが全体的な変形を抑制しつつ、圧縮時には結合の回転や曲がり(bond bending)を伴いながら原子が空隙(電子密度の低い領域)側へ変位します。このメカニズムにより体積変化が吸収されるため、マクロな横方向への膨張駆動力が働かず、ポアソン比が極めて低く保たれると考えられます。

まとめ#

本解析は、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEおよびASE/Elasticパッケージを用いて、ベリリウムの弾性特性と電子状態の相関を解析しました。計算結果は、先行研究ともよく整合し、Beの「高いヤング率」と「異常に低いポアソン比」を定量的に再現しました。さらに、電荷密度分布の解析から、Be原子間に形成される方向性のある共有結合的ネットワークと、その間に広がる電子密度の低い領域(空隙)の存在が、これら特異な機械的性質の根本原因であることを明らかにしました。

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参考文献#

  1. A. H. Larsen et al., "The Atomic Simulation Environment—A Python library for working with atoms", J. Phys.: Condens. Matter 29, 273002 (2017).
  2. Elastic package (GitHub): https://github.com/jochym/Elastic
  3. A. Dal Corso, "Elastic constants of beryllium: a first-principles investigation", J. Phys.: Condens. Matter 28, 075401 (2016).
  4. A. Migliori, H. Ledbetter, D. J. Thoma, and T. W. Darling, "Beryllium's monocrystal elastic constants: 300–770 K", J. Appl. Phys. 95, 2436 (2004).

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