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4H-SiC欠陥の大規模第一原理シミュレーション#

炭化ケイ素(SiC)は、シリコン(Si)を超える優れた物性を持つ次世代のパワー半導体材料として注目されています。特に4H-SiCは、そのワイドバンドギャップ、高い絶縁破壊電界、高い熱伝導率といった特性から、電気自動車や再生可能エネルギー分野での電力変換器(インバータ)の高効率化・小型化を実現するキーマテリアルです。しかし、4H-SiCデバイスの性能や信頼性は、結晶中に存在する原子レベルの欠陥によって大きく左右されます。これらの欠陥は、バンドギャップ内に電子が捕獲される「欠陥準位」を形成し、リーク電流の増加やデバイス寿命の低下を引き起こす原因となります。したがって、欠陥の正体を特定し、その電気的挙動を理解することは、高品質なSiCウェハおよびデバイスを開発する上で極めて重要です。そこで本解析では、4H-SiC中に存在する代表的な原子空孔欠陥の計算モデルを作成し、欠陥の種類や結晶中での位置の違いが電子状態、特に欠陥準位のエネルギー位置にどのような影響を与えるかを、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用いた大規模シミュレーションで調査しました。

Keywords: 第一原理計算, 4H-SiC, 結晶欠陥, 欠陥準位, 状態密度(DOS), パワー半導体, 原子空孔, 大規模計算

解析モデル#

本計算では、4H-SiCの結晶欠陥をシミュレーションするための計算モデルとして、図1に示すスーパーセルモデルを用いました。これは4H-SiCのユニットセル(単位格子)をa軸方向に3倍、b軸方向に5倍、c軸方向に3倍拡張したもので、合計720個の原子を含んでいます。このように大きなモデルを用いるのは、周期境界条件の下で隣り合うセルに含まれる欠陥同士が相互に影響し合うのを防ぎ、現実に近い「孤立した欠陥」の状態をシミュレーションするためです。これにより、エネルギー的に離散した(discreteな)欠陥準位を精度良く得ることが可能になります。

図1. 4H-SiCのスーパーセルモデル(720原子)と欠陥位置

4H-SiCの結晶構造には、対称性の観点から等価ではない2種類の原子サイト、六方晶的な積層環境を持つhサイト(hexagonal site)と、立方晶的な積層環境を持つkサイト(cubic site)が存在します(図1参照)。本解析では、これらのサイトにおける単原子の欠損(原子空孔)と、隣接するC-Siペアの欠損について、電子状態を計算しました。

計算対象とした欠陥(図1で欠陥サイトが円・楕円で示され、以下のように下から上の順で番号付けされました。)

  • 単原子欠陥

    • ① hサイトのSi欠陥
    • ② hサイトのC欠陥
    • ③ kサイトのSi欠陥
    • ④ kサイトのC欠陥
  • 2原子結合ペア欠陥

    • ⑤ hサイト内のSi-C結合ペア欠陥
    • ⑥ kサイト内のSi-C結合ペア欠陥
    • ⑦ hサイトのCとkサイトのSiのペア欠陥
    • ⑧ kサイトのCとhサイトのSiのペア欠陥

解析結果と考察#

欠陥種による欠陥準位の違い#

図2に代表的な3つの欠陥(hサイトC欠陥、kサイトSi欠陥、kサイトSi-Cペア欠陥)の状態密度(DOS)を示します。DOSは、各エネルギー値にどれだけの電子状態が存在するかを表すもので、価電子帯(-1.0 eV付近より低エネルギー側)と伝導帯(1.5 eV付近より高エネルギー側)の間に存在する鋭いピークが、欠陥によって形成された欠陥準位に対応します。

(a) hサイトC欠陥

(b) kサイトSi欠陥

(c) kサイトSi-Cペア欠陥

図2. 各種欠陥を含む4H-SiCの状態密度(DOS)

表1に、各欠陥準位のエネルギー位置をまとめました。この結果から、欠陥の種類やサイトによって、バンドギャップ内に形成される準位のエネルギーが大きく異なることが分かります。例えば、hサイトのC欠陥はバンドギャップの比較的深い位置(中央付近)に準位を形成するのに対し、kサイトのSi欠陥は価電子帯に近い浅い位置に準位を形成します。このような欠陥準位の位置の違いは、デバイス中でのキャリアの捕獲・放出のしやすさに直結し、電気特性に異なる影響を及ぼします。

表1 各欠陥における欠陥準位のエネルギー位置
※括弧内は実験値(3.2eV)で補正した値

欠陥の種類 価電子帯上端からの位置 (eV) 伝導帯下端からの位置 (eV)
hサイト C欠陥 0.78 0.98 (2.42)
kサイト Si欠陥 0.45 1.40 (2.75)
kサイト Si-Cペア欠陥 0.61 0.97 (2.59)

【バンドギャップの補正について】 第一原理計算で一般的に用いられる密度汎関数(DFT)の手法は、半導体のバンドギャップを実際の実験値よりも狭く(過小に)評価してしまう問題が知られています。今回の計算でも、バンドギャップは実験値の約3.2eVよりもかなり狭く計算されています(例:hサイトC欠陥で約1.76 eV)。そのため、計算で得られた欠陥準位の位置を実験結果と比較するためには、この差を考慮した補正が必要です。表中の括弧内の値は、その補正の一つの方法として「(補正値)=(実験値バンドギャップ 3.2 eV)-(計算で得られた価電子帯からの準位)」という計算で算出されたものです。これは、価電子帯を基準とした場合に、実験値の伝導帯下端から欠陥準位までにどれだけエネルギーが離れているかを示しており、より現実の物理現象に近いエネルギー配置を考察するための重要な指標となります。

欠陥準位の空間分布#

次に、hサイトC欠陥の場合を例にとり、特定のエネルギー準位における状態密度(電子の存在確率分布)が、結晶空間内でどのように分布しているかを可視化しました(図3)。

欠陥準位の状態密度
(a) 欠陥準位の状態密度
価電子帯上端の状態密度
(b) 価電子帯上端の状態密度
伝導帯下端の状態密度
(c) 伝導帯下端の状態密度

図3. hサイトC欠陥における状態密度の空間分布

図3(a)の欠陥準位の状態密度は、C原子が欠損したサイトの周辺に強く局在しており、この準位が導入した欠陥に由来するものであることを直接的に示しています。これに対し、価電子帯上端(VBM, 図3b)と伝導帯下端(CBM, 図3c)は結晶全体に広がる非局在的な状態ですが、欠陥の存在によって完全結晶の状態から変化を受けています。これらのバンドの基本的な性質、すなわちVBMは主に炭原子、CBMは主にSi原子の軌道によって形成されるという特徴は保たれています。特にCBMの状態は、欠陥(C原子空孔)の周囲にあるシリコン原子上に特に強く現れているのが特徴的です。これは、前述のCBMの性質と、欠陥によって生じた周囲の原子との相互作用を反映した結果です。この状態は、結晶全体に広がる性質を保ちつつも振幅が変化しており、一点に束縛された図3(a)の欠陥準位とは明確に異なります。このように状態密度を可視化することで、欠陥準位の性質だけでなく、欠陥が母結晶の電子状態に与える影響についても深い知見を得ることができます。

欠陥の生成しやすさ(形成エネルギー)#

欠陥準位のエネルギー位置に加えて、どの欠陥が結晶中に生成しやすいかを知ることは、材料の品質を制御する上で非常に重要です。この「生成しやすさ」の指標となるのが欠陥形成エネルギーで、値が小さいほど、その欠陥は少ないエネルギーで生成可能であることを意味します。表2に、Advance/PHASEを用いて計算された各種欠陥の形成エネルギーを示します。

表2 各種欠陥における欠陥形成エネルギー

単原子欠陥サイト 形成エネルギー(eV) 2原子ペア欠陥サイト 形成エネルギー(eV)
kサイトSi 7.987 hサイトSi-hサイトC 8.208
kサイトC 4.505 kサイトSi-kサイトC 8.197
hサイトSi 8.051 kサイトSi-hサイトC 8.285
hサイトC 4.376 hサイトSi-kサイトC 8.254

この結果から、以下の重要な知見が得られます。

  • 最も生成しやすい欠陥: 計算された欠陥の中で、hサイトの炭素(C)原子欠陥の形成エネルギーが4.376 eVと最も低く、最も生成しやすい欠陥であることが分かります。

  • 炭素欠陥 vs. シリコン欠陥: 全体的に、炭素(C)の単原子欠陥(約4.4-4.5 eV)は、シリコン(Si)の単原子欠陥(約8.0 eV)よりも形成エネルギーが著しく低く、C原子の空孔の方がはるかに生成しやすいことを示しています。

  • 2原子ペア欠陥: Si-Cのペア欠陥は、いずれの組み合わせでも形成エネルギーが約8.2 eV以上と非常に高く、単原子の欠陥と比較して生成しにくいことが分かります。

これらの計算結果は、SiとCの強力な共有結合に起因するものであり、他の第一原理計算による研究結果とも良く一致しています [1, 2]。この高い整合性は、本シミュレーションの妥当性を裏付けると共に、高品質な4H-SiC結晶の成長メカニズムを理解するための重要な手がかりとなります。

まとめ#

本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用いて、次世代パワー半導体材料である4H-SiC中の原子空孔欠陥に関する大規模シミュレーションを行いました。その結果、欠陥の種類(C欠陥、Si欠陥、ペア欠陥)や、それが存在する結晶学的なサイト(hサイト、kサイト)によって、バンドギャップ内に形成される欠陥準位のエネルギー位置や欠陥の生成しやすさが大きく異なることが明らかになりました。さらに、これらの欠陥準位に対応する電子状態が、欠陥サイトの周りに空間的に強く局在していることも状態密度の可視化によって確認できました。これらの計算結果は、実験的に観測される欠陥準位の起源を特定し、どの欠陥がデバイスの性能に特に大きな影響を及ぼすかを予測するための重要な知見となります [3]。

参考文献#

  1. T. Hornos, A. Gali, and B. G. Svensson, Materials Science Forum 679, 261 (2011).

  2. X. Yan, P. Li, L. Kang, S.-H. Wei, and B. Huang, Journal of Applied Physics 127, 085702 (2020).

  3. T. Kimoto, Japanese Journal of Applied Physics 54, 040103 (2015).

関連ページ#