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スピントロニクス材料CrO2におけるハーフメタル電子状態の解明#

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電子のスピン(自転)の性質を利用するエレクトロニクス技術「スピントロニクス」は、ハードディスクの磁気ヘッドやMRAM(磁気抵抗メモリ)に応用され、すでに私たちの社会で広く実用化されています。現在、高性能な次世代スピントロニクスデバイスの開発が世界中で進められており、その実現の鍵を握るのが、「ハーフメタル」と呼ばれる特殊な物質です。本解析では、代表的なハーフメタルとして知られる二酸化クロム(CrO2)を取り上げ、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用いてその特異な電子状態をシミュレーションします。状態密度やバンド構造の計算を通じて、CrO2がハーフメタルとなる本質的な特徴を理論的に実証し、その磁性の起源を明らかにします。

Keywords: 第一原理計算, スピントロニクス, ハーフメタル, 状態密度, バンド構造, 磁気モーメント, 二酸化クロム(CrO2)

予備知識: ハーフメタルとは?

通常の金属では、電子のスピンの向き(上向き・下向き)に関わらず、どちらの電子も自由に動くことで電流が流れます。一方、ハーフメタルは、片方のスピン(例:上向きスピン)の電子は金属のように振る舞うのに対し、もう片方のスピン(下向きスピン)の電子は絶縁体のように振る舞う、という極めて特異な性質を持ちます。この性質を利用することで、スピンの向きが100%揃った電流(完全スピン偏極電流)を生成でき、スピントロニクスデバイスの性能を飛躍的に向上させるキーマテリアルとして期待されています。

計算手法#

本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、スピン分極を考慮した密度汎関数理論(DFT)計算を実行しました。交換相関汎関数としてGGA-PBEを使用しました。CrO2の磁気的な性質を明らかにするため、スピンの上向きと下向きを区別して電子状態を計算します。物質の磁気モーメントは、計算セルに含まれる上向きスピン電子の総数と下向きスピン電子の総数の差から算出されます。具体的には、以下の式で定義されます。

ここで、 は磁気モーメント、 はボーア磁子、 はそれぞれ上向きスピンと下向きスピンの電子数です。

計算モデル#

計算対象としたCrO2は、正方晶系のルチル型結晶構造をとります。図1に実際の計算に用いた計算セル(左)と、周期境界を考慮して周囲の原子も表示した構造(右)を示します。

CrO2の計算セル
図1. CrO2の結晶構造(左:計算セル、右:境界原子を含むセル)

計算結果と考察#

状態密度 (DOS) とバンド構造#

図2にCrO2の状態密度(DOS)、図3にバンド構造を示します。両方の図から、CrO2が持つハーフメタルとしての特徴が明確に読み取れます。

  • スピンアップ状態(青色): 状態密度(図2)ではフェルミエネルギー(0 eV)に有限の値を持ち、バンド構造(図3)では複数のバンドがフェルミ準位を横切っています。これは、スピンアップ電子が自由に動ける「金属」状態であることを示します。
  • スピンダウン状態(ピンク色): 状態密度(図2)ではフェルミエネルギー近傍に状態が全く存在しない「ギャップ」が形成されています。バンド構造(図3)でも同様に、価電子帯の頂上と伝導帯の底の間に明確なバンドギャップが確認できます。これは、スピンダウン電子がほとんど動けない「絶縁体」状態であることを示します。

このスピンに依存した非対称な電子状態こそがハーフメタルの本質であり、本計算はCrO2が典型的なハーフメタルであることを理論的に裏付けています。


図2. CrO2の状態密度 (青:スピンアップ、 ピンク:スピンダウン)。フェルミエネルギーは0 eVに設定されています。


CrO2のバンド構造
図3. CrO2のバンド構造 (青:スピンアップ、 ピンク:スピンダウン)。フェルミエネルギーは0 eVに設定されています。

スピン密度分布と磁気モーメント#

次に、物質中の磁性の源であるスピンの空間的な分布(スピン密度)を解析しました。図4にスピン密度の等値面(左)と断面図(右)を示します。図から、スピン密度(磁化)が主にクロム(Cr)原子の周りに強く局在しており、酸素(O)原子周りにはほとんど分布していないことが視覚的に確認できます。さらに、Cr2O4の計算セルに対して、上向きスピン電子が26.0個、下向きスピン電子が22.0個という結果が得られました。セル全体では4.0 μBとなり、これはCr原子1つあたり2.0 μBに相当します。

このスピン密度の特徴的な分布形状および磁気モーメントの計算結果は、磁性の起源を解き明かす重要な手がかりとなります。物質の磁性は不対電子によって生じ、スピン密度はその不対電子が存在する電子軌道の形状を直接反映します。CrO2の場合、磁性はCr4+イオンの3d軌道にある2つの不対電子に由来します。したがって、図4に示されるスピン密度の形状は、周囲の酸素原子(結晶場)の影響下で電子が占有した、特定のd軌道の電子雲形状を重ね合わせたものに他なりません。つまり、この計算結果は「CrO2の磁性がCr原子のd軌道電子に由来する」という事実を、量子力学的な軌道のレベルで証明するものと言えます。

CrO2のスピン密度分布(等値面)
図4. スピン密度分布(左:等値面、右:断面図)

文献値との比較#

本計算で得られた結果は、過去の研究ともよく一致しています。CrO2は1986年にSchwarzによって初めてハーフメタル強磁性体であると理論的に予測されました[1]。今回の計算では、CrO2の磁気モーメントは化学式単位あたり 2.0 μBであり、この理論値と完全に一致します。また、他の第一原理計算研究 [2] で報告されている電子状態とも整合的です。実験的には、点接触アンドレーエフ反射測定により約96%という非常に高いスピン分極率が報告されており [3]、本計算で得られたハーフメタルとしての電子状態の正当性を強く支持しています。

まとめ#

本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用いて、スピントロニクス材料として注目されるCrO2の電子状態と磁気特性のシミュレーションを行いました。状態密度(DOS)とバンド構造の計算から、スピンアップ電子は金属的、スピンダウン電子は絶縁体的な振る舞いをすることが確認され、CrO2がハーフメタルであることが理論的に実証されました。また、スピン密度分布と磁気モーメントの計算により、その磁性がCr原子に由来し、その大きさが理論予測とよく一致することも示されました。

参考文献#

  1. K. Schwarz, "CrO2 predicted as a half-metallic ferromagnet", J. Phys. F: Met. Phys. 16, L211 (1986).
  2. M. A. Korotin, V. I. Anisimov, D. I. Khomskii, and G. A. Sawatzky, "CrO2: a self-doped double exchange ferromagnet", Phys. Rev. Lett. 80, 4305 (1998).
  3. Y. Ji, G. J. Strijkers, F. Y. Yang, C. L. Chien, J. M. Byers, A. Anguelouch, G. Xiao, and A. Gupta, "Determination of the Spin Polarization of Half-Metallic CrO2 by Point Contact Andreev Reflection", Phys. Rev. Lett. 86, 5585 (2001).

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