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金属性単層カーボンナノチューブの電子状態解析#

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カーボンナノチューブ(CNT)は、グラフェンシートを丸めた筒状のナノ材料であり、その巻き方(カイラリティ)によって金属になったり半導体になったりする特異な性質を持ちます。特に、アームチェア型と呼ばれる(n,n)構造のCNTは、優れた導電性を持つ「金属性」を示すことから、ナノスケールの配線や透明導電膜など、次世代エレクトロニクス材料としての応用が期待されています。本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、最も代表的な金属性CNTである(5,5)チューブの電子状態をシミュレーションし、その金属性の起源をバンド構造、状態密度、電子の空間分布から明らかにします。

Keywords: 第一原理計算, カーボンナノチューブ, CNT(5,5), 電子状態, バンド構造, 状態密度, 金属性

計算モデルと計算条件#

計算対象として、アームチェア型(5,5)単層カーボンナノチューブのモデルを作成しました。チューブ軸方向に対して周期境界条件を適用するため、図1(a)に示すようにチューブ軸をZ軸に合わせたユニットセル(単位胞)モデルを使用します。チューブ間の相互作用を避けるため、XY方向に十分な真空層(約18Å)を設けています。図1(c)は、構造を視覚的に分かりやすくするため、計算に用いた単位胞をチューブ軸方向に4つ連結して表示しています。

CNT(5,5)の計算モデル

図1. CNT(5,5)の計算モデル: (a) 全体を示す計算セル、 (b) CNTのfront view、 (c) 可視化目的でチューブ軸方向に計算セルを4倍した時のside view

電子状態計算は、密度汎関数理論(DFT)に基づき、以下の条件で実施しました。

表1. 主な計算条件

項目 設定
交換相関汎関数 GGA-PBE
擬ポテンシャル ウルトラソフト擬ポテンシャル
カットオフエネルギー 25 Rydberg
k点サンプリング (SCF) 1 × 1 × 13

計算結果と考察#

1. 全電荷密度:CNTを構成する共有結合フレームワーク#

まず、CNT(5,5)の中に電子がどのように分布しているかを、全電子の電荷密度として可視化しました(図2)。これは、CNTの化学結合や構造の安定性を理解する上で基本となる情報です。

CNT(5,5)の全電荷密度等値面

図2. CNT(5,5)の全電荷密度分布の等値面

黄色い雲のような電子の分布は、炭素原子(灰色の球)の間を繋ぐように濃くなっています。これは、原子同士を固く結びつける共有結合(σ結合)が形成されていることを示しています。この強固な結合ネットワークが、CNTの優れた機械的強度を生み出す源です。ただし、この図は全ての電子(σ電子とπ電子)を足し合わせたものであるため、金属性の原因となる特定の電子だけを見分けることは困難です。

2. 部分的電荷密度:金属性の起源となるπ電子#

そこで次に、電気伝導の主役となる電子だけを抜き出して可視化します。図3は、フェルミ準位(エネルギー0 eV)近傍の電子だけを描画した「部分的電荷密度」です。

CNT(5,5)のフェルミ準位近傍の部分的電荷密度

図3. フェルミ準位近傍(-1.0 ~ +1.0 eV)の部分的電荷密度の分布(左:等値面、右:断面図)。

この図は、全電荷密度(図2)とは異なる様相を呈しています。等値面と断面図で示された電子の雲は、炭素原子のp軌道に由来するπ電子です。その分布から、π電子が特定の原子間に留まらず、チューブ表面全体に沿って切れ目なく非局在化している様子が明確にわかります。この電子の「通り道」がチューブ全体に広がっているため、電子は自由に動き回ることができ、これがCNT(5,5)に優れた電気伝導性(金属性)をもたらす直接的な起源となります。

3. バンド構造と状態密度:金属性であることの決定的証拠#

電子分布の可視化に続き、CNT(5,5)が金属性であることをバンド構造と状態密度(DOS)から定量的に検証します。バンド構造は、物質の電気的特性を決定づける最も重要な指標です。

CNT(5,5)のバンド構造全体図

図4. CNT(5,5)のバンド構造

CNT(5,5)の状態密度

図5. CNT(5,5)の状態密度(DOS)

図4のバンド構造を見ると、エネルギー0 eVの位置に引かれた破線(フェルミ準位)をバンド(エネルギー線)が横切っています。これは、電子をわずかなエネルギーでより高い準位へ励起できる(=電流が流れる)ことを意味し、金属であることの決定的証拠です。

この特徴は、図5の状態密度(DOS)にもはっきりと現れています。フェルミ準位(0 eV)においてDOSがゼロにならず有限の値を持つことは、そのエネルギーに電子が存在できる状態があることを示しており、バンド構造の結果と一致して金属性を裏付けています。

4. バンド構造の拡大図:グラフェンとの繋がり#

フェルミ準位付近のバンド構造を拡大してみましょう(図6)。

CNT(5,5)のバンド構造の拡大図

図6. フェルミ準位近傍のバンド構造(拡大図)

非常に興味深いことに、フェルミ準位(0 eV)で2本のバンドが点で交差しています。これは、グラフェンが持つ「ディラックコーン」と呼ばれる特徴的な電子構造の現れです。CNT(5,5)は、グラフェンを特定の方向に丸めて作ることができるため、その性質を色濃く受け継いでいます。この線形に交差するバンドが、CNT(5,5)の高い電気伝導性を担っているのです。

5. 発展的研究との比較#

本解析では、外部からの影響がない理想的なCNT(5,5)の基本的な電子状態を明らかにしました。これらの結果は、文献 [1]での報告とよく一致しています。現実のデバイス応用を考える上では、CNTが外部環境から受ける影響を理解することが不可欠です。この点で、ナノチューブの電子状態に関する先進的な理論研究は重要な指針を与えてくれます。

例えば、CNTに引張などの機械的変形(歪み)や強い電場を加える、あるいは内部にフラーレン分子を内包させ「ピーポッド」と呼ばれる構造を形成するなど、外部からの影響によって電子状態が劇的に変化することが理論的に研究されています [2-4]。特にピーポッド構造では、C60分子を(10,10)チューブに内包させると、単純な構成要素の足し合わせとは異なり、両者の相互作用から多種のキャリアを持つ特殊な金属状態が生まれることが報告されています。同様に、歪みを加えることで金属性CNTが半導体的な性質を示したり、逆に半導体性CNTのバンドギャップを精密に制御できることなども示されています。

このように、本解析で得られたような理想系の電子状態の理解を基礎とし、分子内包や歪みといった外的要因の影響を理論的に調べることで、CNTのより現実的な応用を見据えた物性設計へと繋がっていきます。

まとめ#

本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、金属性カーボンナノチューブCNT(5,5)の電子状態を詳細に解析しました。全電荷密度計算からは、チューブの構造を支える強固な共有結合フレームワークを確認しました。さらに、部分的電荷密度計算によって、金属性の起源であるπ電子がチューブ全体に非局在化している様子を直接的に可視化しました。これらの結果は、バンド構造と状態密度計算によっても裏付けられ、フェルミ準位をバンドが横切る様子から、CNT(5,5)が金属性であることの決定的な証拠を示しました。特に、フェルミ準位近傍の線形に交差するバンドはグラフェン由来の特異な電子構造を反映しており、これが優れた電気伝導性の根源であることを明らかにしました。

参考文献#

  1. J. C. Charlier, X. Blase, S. Roche, "Electronic and transport properties of nanotubes", Rev. Mod. Phys. 79, 677 (2007).
  2. E. D. Minot, Y. Yaish, V. Sazonova, J. Y. Park, M. Brink, and P. L. McEuen, "Tuning carbon nanotube band gaps with strain", Phys. Rev. Lett. 90, 156401 (2003).
  3. C. W. Chen, M. H. Lee, and S. J. Clark, "Band gap modification of single-walled carbon nanotube and boron nitride nanotube under a transverse electric field", Nanotechnology 15, 1837 (2004).
  4. S. Okada, S. Saito, and A. Oshiyama, "Energetics and electronic structures of encapsulated C60 in a carbon nanotube", Phys. Rev. Lett. 86, 3835 (2001).

関連ページ#