金属触媒表面の反応性における歪み効果#

固体高分子形燃料電池(PEFC)などの電極触媒において、白金(Pt)などの金属触媒表面の反応性を制御することは、電池性能を向上させる上で極めて重要です。近年、基板との格子不整合などを利用して触媒表面に歪み(Strain)を印加し、その電子状態を変化させることで吸着エネルギーを制御する手法が注目されています。本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、Pt(111)表面における水素および酸素の吸着エネルギーが、格子歪みに対してどのように変化するかを評価します。-3%から+3%の二軸歪み(biaxial deformation)を印加したモデルを用いて計算を行い、d-band centerモデルなどの既存理論との整合性を検証します。
Keywords: 第一原理計算 (DFT), 触媒反応, 表面歪み, 吸着エネルギー, 白金(Pt), 燃料電池, スラブモデル
計算モデルと計算条件#
計算モデルには、Pt(111)面のp(2x2)表面スーパーセルを用いました。多数の候補材料を高速にスクリーニングすることを想定し、計算コストと精度のバランスを考慮して、3層のスラブモデル(底面2層は固定)を採用しました。fcc hollowサイトに水素(H)または酸素(O)を吸着させ、構造最適化を行いました。
二軸歪みの印加については、表面方向の格子定数を-3%(圧縮)から+3%(引張)の範囲で変化させることで表現しています。
図1. 計算に用いたPt(111)表面スラブモデル(上面図と斜視図)。fcc hollowサイトへの吸着を想定しています。
本解析で用いた主な計算条件は表1の通りです。
表1. 計算条件の概要
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 擬ポテンシャル | ウルトラソフト擬ポテンシャル (H: ノルム保存) |
| 交換相関汎関数 | GGA (RPBE + D3補正) |
| 波動関数のカットオフエネルギー | 25 Rydberg |
| k点サンプリング | 6x6x1 |
| 表面スーパーセル | 2x2 |
| 原子層 | 3層(底面2層固定) |
| 真空層 | 10 Å |
計算結果と考察#
格子定数の最適化#
まず、fcc Ptバルクの格子定数の最適化を行いました。全エネルギーと体積の関係(E-V曲線)を図2に示します。計算の結果、平衡格子定数は 3.9853 Å と算出されました。GGA汎関数の特性により、実験値よりも大きめの格子定数が得られています。以降の計算では、この値を基準(0% Strain)として歪みを印加しました。
図2. fcc PtのE-V曲線。算出された格子定数は3.9853 Åです。
吸着エネルギーのストレイン依存性#
各歪み状態における水素および酸素の吸着エネルギーを算出しました。それぞれの吸着エネルギー および は、以下の式に基づいて定義しています。酸素吸着に関しては、水分子との反応 を考慮した表式を用いています。
計算された吸着エネルギーの値を表2に、歪みに対する依存性を図3および図4に示します。酸素吸着エネルギーの値が正であるのは水分子(H2O)基準で算出しているためであり、実際の酸素吸着自体は安定です。
表2. 歪み率と吸着エネルギーの計算結果 (単位: eV)
| Strain (%) | (水素吸着) | (酸素吸着) |
|---|---|---|
| -3 | -0.350 | 1.746 |
| -2 | -0.379 | 1.634 |
| -1 | -0.406 | 1.525 |
| 0 | -0.432 | 1.418 |
| 1 | -0.456 | 1.316 |
| 2 | -0.476 | 1.216 |
| 3 | -0.505 | 1.101 |
図3. 水素吸着エネルギーのストレイン依存性。引張歪み(正方向)がかかるほどエネルギーが低下(安定化)している様子が分かります。
図4. 酸素吸着エネルギー(水分子基準)のストレイン依存性。
考察#
図3、図4の結果から、水素・酸素いずれの場合も、引張ストレイン(正方向)がかかるほど吸着エネルギーが低下し(より負の方向へ推移し)、吸着が強くなる(安定化する)傾向が見られました。これは、引張歪みによって原子間距離が広がることでdバンドの幅が狭まり、d-band centerがフェルミ準位に近づくことで吸着種との相互作用が強まるという、一般的な「d-band center model」の理論 [1, 2]とよく一致しています 。
特に酸素吸着(図4)については、水素吸着(図3)と比較してグラフの傾きが急であることが確認できます。これは、酸素の方がストレインによる電子状態の変化をより敏感に受けやすいことを示唆しています。この結果は、Mavrikakisらの論文 [3] にあるLate Transition Metal(周期表の右側の遷移金属)における一般的な傾向を正しく再現しています。
燃料電池触媒の設計において、酸素吸着が強すぎると表面からの脱離が阻害され、反応サイクルが回りにくくなる場合があります。本解析で得られたようなストレイン効果のデータは、触媒表面に適切な歪みを与えることで吸着強度を最適な値へチューニングするための指針として極めて有用です。
まとめ#
本事例では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用いてPt(111)表面における水素および酸素吸着エネルギーの歪み依存性を解析しました。計算の結果、引張歪みの印加により吸着エネルギーが低下(吸着が安定化)すること、およびその効果は水素よりも酸素において顕著であることが確認されました。これらの結果は既存の触媒理論と整合しており、第一原理計算が触媒材料の設計・改良における有効なツールであることを示しています。
参考文献#
- B. Hammer, and J. K. Norskov, "Why gold is the noblest of all the metals", Nature 376, 238 (1995).
- B. Hammer, and J. K. Nørskov, "Theoretical surface science and catalysis—calculations and concepts", Advances in Catalysis 45, 71 (2000).
- M. Mavrikakis, B. Hammer, and J. K. Nørskov, “Effect of Strain on the Reactivity of Metal Surfaces”, Phys. Rev. Lett. 81, 2819 (1998).
関連ページ#
- 第一原理計算ソフトウェア Advance/PHASE
- 解析分野:ナノ・バイオ
- 産業分野:材料・化学