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燃料電池の酸素還元反応における触媒活性の第一原理解析:Volcano Plot#

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燃料電池の普及には、カソード(空気極)で起こる酸素還元反応(ORR)の効率化が不可欠です。しかし、ORRは反応速度が遅く、その促進には高価な白金(Pt)触媒に頼らざるを得ないのが現状です。そのため、Ptの使用量を減らし、より安価で高性能な代替触媒を設計することが世界的に求められています。触媒活性は、触媒表面と反応中間体との結合エネルギーに支配されるという「サバティエの原理」が中心的な仮説として知られています。本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、ORRの触媒活性の指標(記述子)として酸素吸着エネルギー()を採用し、代表的な5種類の金属(Ru, Ir, Pt, Ag, Au)について計算しました。その結果を基に、触媒活性との関係を示す「Volcano Plot」(ボルケーノプロット、火山型活性序列)を作成し、なぜPtがORR触媒として優れているのかを明らかにします。

Keywords: 第一原理計算 (DFT), 燃料電池, 酸素還元反応 (ORR), 触媒活性, Volcano Plot, サバティエの原理, 酸素吸着エネルギー

計算モデルと計算条件#

サバティエの原理によれば、触媒活性は反応中間体との結合エネルギーによって決まります。

  • 結合が強すぎる場合:生成物が表面から脱離できず、反応が停止します。
  • 結合が弱すぎる場合:反応物が表面に吸着・解離できず、反応が進行しません。
  • 最適な場合:反応物・中間体と「適度な」強さで結合し、反応全体がスムーズに進行します。

本解析では、この結合の強さの指標として、酸素吸着エネルギー()を用います。は、Nørskovらの定義[1]に基づき、水(H2O)と水素(H2)のエネルギーを基準として、下記反応式(*:吸着サイト)を想定し、酸素原子が金属表面スラブ(slab)に吸着前後のエネルギー差として計算されます。

つまり、

計算対象として、代表的な5つの金属(Ru, Ir, Pt, Ag, Au)を選定しました。Ir, Pt, Ag, Auは面心立方格子(fcc)の(111)面、Ruは六方最密充填格子(hcp)の(0001)面をスラブモデルとして用いました。これらはそれぞれの結晶構造で最も安定な最密充填面です。スラブモデルは4層の原子層から構成され、表面の被覆率が0.25 ML(モノレイヤー)になるよう2x2のスーパーセルを使用し、下部2層の原子は固定しました。真空層は10 Å確保しています。

酸素原子の吸着サイトは、図1に示すような高対称性サイト(トップ、ブリッジ、ホロ)でそれぞれ計算し、最もエネルギー的に安定な配置を求めました。

fcc(111)面とhcp(0001)面上の吸着サイト
図1. (左) fcc金属(111)面上の吸着サイト、(右) hcp金属(0001)面上の吸着サイト。

本解析で用いた主な計算条件は表1に示されています。

表1. 計算条件の概要

項目 設定
擬ポテンシャル ウルトラソフト
交換相関汎関数 RPBE
波動関数のカットオフエネルギー 25 ~ 50 Rydberg
表面モデル 4層スラブ(底面2層固定)
表面スーパーセル 2x2
表面被覆率 0.25 ML
真空層 10 Å

計算結果と考察#

格子定数の最適化#

吸着エネルギー計算に先立ち、各金属バルクの格子定数をRPBE汎関数 を用いて最適化しました。RPBEは吸着計算に適していますが、格子定数を過大評価する傾向があります。一貫性を保つため、スラブモデルの格子定数はRPBEで最適化した値を使用しました。図2および図3に、IrとRuのエネルギー-体積(E-V)曲線のフィッティング結果を示します。

IrのE-V曲線
図2. fcc Ir の E-V曲線 (RPBE)。Vは慣用(conventional)単位格子当たりの体積。平衡格子定数は 3.89 Å と計算されました。

RuのE-V曲線
図3. hcp Ru の E-V (at optimal c/a) 曲線 (RPBE)。Vは基本(primitive)単位格子当たりの体積。平衡格子定数は a=2.73 Å, c=4.31 Å と計算されました。

最安定吸着サイト#

各金属表面の高対称性サイトで酸素原子の吸着構造を最適化した結果、fcc(111)面(Ir, Pt, Ag, Au)ではいずれも fcc hollow サイトが最安定となりました。hcp(0001)面(Ru)では hcp hollow サイトが最安定でした。図4にIr(111)とRu(0001)における最安定吸着構造を示します。

Ir(111)とRu(0001)の最安定吸着サイト
図4. (左) Ir(111)の最安定酸素吸着サイト(fcc hollow)。(右) Ru(0001)の最安定酸素吸着サイト(hcp hollow)。いずれも上面図。

特にRu(0001)面については、本計算でhcp hollowサイトがfcc hollowサイトよりも 0.46 eV 安定であるという結果が得られました。これは、被覆率0.25 MLにおいてhcp hollowサイトが最安定であるとする過去の文献値(fcc hollowサイトより0.43 eV [2] または 0.49 eV [3] 安定)ともよく一致しています。

酸素吸着エネルギーとVolcano Plot#

各金属表面の最安定サイトにおける酸素吸着エネルギー()を計算し、文献値 [1] と比較しました(表2)。

表2. 酸素吸着エネルギー()の計算値と文献値 [1]

金属 計算値 (eV) 文献値 (eV)
Ru -0.32 -0.05
Ir 0.96 1.00
Pt 1.54 1.57
Ag 2.17 2.12
Au 2.71 2.75

本計算は、文献 [1] と同様に H2O + * O* + H2 反応を基準とした酸素吸着エネルギー()を算出しています。Ru(0001)面に関する本計算値(-0.32 eV)は、文献[1]の値(-0.05 eV) と差が見られます。この差異の一因として、Ru表面の計算が条件に依存しやすいことが考えられます。例えば、本計算の4層モデルではなく3層モデルを用い、k点メッシュを(6x6x1)から(4x4x1)に変更した場合、吸着エネルギーは -0.24 eV となり、文献値 [1] により近くなります。また、本解析(H2O/H2基準)とは異なる遊離酸素原子(O)を基準とした場合、Ru(0001)面上の酸素吸着エネルギーは 5.55 eV [2]、5.87 eV [4]、6.28 eV [5] など、文献によっても異なる値が報告されています。このように計算条件や基準設定による差異は生じますが、Ruが他の金属(Ir, Pt, Ag, Au)と比較して最も強く酸素を吸着する( が最も小さい)という傾向は文献 [1] と一致しています。

各触媒表面での酸素吸着エネルギー(、横軸)と、Nørskovらによる触媒活性(Activity (log(rate))、縦軸)[1] の関係をプロットしたものが、図5の「Volcano Plot」です。

ORR Volcano Plot
図5. ORR Volcano Plot。横軸は本解析で計算した酸素吸着エネルギー()、縦軸は文献[1]による触媒活性。

考察#

図5のVolcano Plotは、サバティエの原理を明確に示しています。

  1. 左側の斜面(強すぎる結合):
    Ru や Ir は酸素吸着エネルギー()が小さく、酸素と非常に強く結合します。これはサバティエの原理における「結合が強すぎる」状態 に対応し、吸着した酸素種が表面から脱離しにくいため、触媒活性が低くなります。
  2. 右側の斜面(弱すぎる結合):
    Au や Ag は酸素吸着エネルギー()が大きく、酸素との結合が非常に弱いことを示します。これは「結合が弱すぎる」状態に対応し、そもそも酸素が表面に吸着・解離しにくいため、触媒活性が低くなります。
  3. 頂点(最適な結合):
    白金 (Pt) は、強すぎるRu/Irと弱すぎるAg/Auの中間に位置し、酸素と「適度な」強さで結合します。これにより、反応物が効率よく吸着・解離できると同時に、生成物がスムーズに脱離できるため、ORR触媒として最も高い活性(Volcano Plotの頂点に最も近い位置)を示すことが、第一原理計算によって理論的に裏付けられました。

まとめ#

本解析事例は、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASE を用いることで、触媒表面での吸着エネルギーというミクロな記述子()と、材料のマクロな触媒活性との間の相関関係(Volcano Plot)を定量的に評価できることを示しています。今回の計算結果は文献値とも良い一致を示しており、高価なPtに代わる新規ORR触媒の合理的な設計・探索に第一原理計算が強力なツールとなることが期待されます。

参考文献#

  1. J. K. Nørskov, J. Rossmeisl, A. Logadottir, L. Lindqvist, J. R. Kitchin, T. Bligaard, and H. Jónsson, "Origin of the overpotential for oxygen reduction at a fuel-cell cathode", J. Phys. Chem. B 108, 17886 (2004).
  2. C. Stampfl and M. Scheffler, "Theoretical study of O adlayers on Ru(0001)", Phys. Rev. B 54, 2868 (1996).
  3. J. Q. Cai, H. J. Luo, X. M. Tao, and M. Q. Tan, "Initial subsurface incorporation of oxygen into Ru (0001): A density functional theory study", ChemPhysChem 16, 3937 (2015).
  4. Y. D. Kim, A. P. Seitsonen, S. Wendt, J. Wang, C. Fan, K. Jacobi, H. Over, and G. Ertl, "Characterization of various oxygen species on an oxide surface: RuO2 (110)", J. Phys. Chem. B 105, 3752 (2001).
  5. G. Materzanini, G. F. Tantardini, P. J. D. Lindan, and P. Saalfrank, "Water adsorption at metal surfaces: A first-principles study of the 𝑝⁢(√3×√3)⁢𝑅⁢30° H2O bilayer on Ru (0001)", Phys. Rev. B 71, 155414 (2005).

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