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電気化学的水素発生反応における触媒活性の第一原理解析:Volcano Plot#

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水素はクリーンなエネルギーキャリアとして注目されています。特に水電解による水素製造(HER: Hydrogen Evolution Reaction)は重要な技術ですが、高効率な触媒を必要とします。現状では白金(Pt)が単金属において最適な触媒ですが、高価で資源的な制約があるため、安価で高活性な代替触媒の探索が急務となっています。この探索を加速するのが、計算科学(マテリアルズ・インフォマティクス)です。本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用い、密度汎関数理論(DFT)計算に基づいてHER触媒活性の優れた指標(記述子)を算出します。そして、計算結果と実験的な触媒活性を比較することで、触媒活性が吸着エネルギーにどのように依存するかを示す Volcano Plot (ボルケーノプロット、火山型活性序列) を作成します。これにより、触媒活性は吸着エネルギーが「適度」な場合に最大となるというSabatier原理を理論的に検証します。

Keywords: 第一原理計算, DFT, 水素発生反応(HER), 触媒活性, Volcano Plot, Sabatier原理, 水素吸着エネルギー, ギブズ自由エネルギー

計算理論と計算条件#

触媒活性の記述子:水素吸着自由エネルギー#

HERの触媒活性は、反応中間体である水素原子(H)の触媒表面への吸着のしやすさ、すなわち水素吸着のギブズ自由エネルギー変化()と強い相関があることが知られています(Sabatier原理)[1]。 が 0 eV に近い(吸着が強すぎず、弱すぎない)ほど、触媒活性は高くなります。 は以下の式で定義されます:

ここで、 はDFT計算から直接得られる水素吸着エネルギー、 はゼロ点エネルギー補正、 は温度 におけるエントロピー補正です。

は、以下の3つの静的なDFT計算(構造緩和のみ)から算出されます:

  • : 水素原子1個が吸着した触媒スラブモデルの全エネルギー
  • : 水素が吸着していない清浄な触媒スラブモデルの全エネルギー
  • : 気相の水素分子(H2)の全エネルギー

ZPEおよびエントロピー補正の近似#

厳密には、補正項()を求めるには、計算コストが一段と高い振動計算が必要です。しかし、Nørskovらによる確立された近似 [2] として、この補正項を金属種や吸着サイトによらない定数(+0.24 eV)で近似します。

この近似が可能な理由は、補正項の大部分が、気相の水素分子()が持つ大きな並進・回転のエントロピーが、表面に束縛された吸着H原子(振動のエントロピーのみ)になることで失われるエントロピー損失()に起因するためです。このエントロピー変化と、吸着によるゼロ点エネルギーの変化()を合わせた値が、吸着する金属種やサイトに大きく依存せず、ほぼ一定の値(約+0.24 eV)になると仮定できるためです。これにより、計算コストの高い振動計算を省略し、静的なDFT計算の結果のみを用いて として効率的に活性を評価できます。

計算モデル#

本解析では、計算対象として Pt, W, Nb, Cu, Ag の5種類の金属を選定しました。結晶構造がfcc(面心立方)である Pt, Cu, Ag については最密充填面である(111)面 を、bcc(体心立方)である W, Nb については最密充填面である(110)面 をスラブモデルとして構築しました。図1にfcc(111)面とbcc(110)面の代表的な吸着サイトを示します。

fcc(111) and bcc(110) surface adsorption sites schematic

図1. (左) fcc(111)面の高対称性吸着サイト、(右) bcc(110)面の高対称性吸着サイト。

計算条件#

主な計算条件を表1にまとめます。交換相関汎関数には、文献 [2] と同様に、表面での吸着計算に適しているとされるRPBEを用いました。スラブモデルは3層とし、水素吸着による表面緩和の影響のみを考慮するため、底面2層の原子座標はバルクの位置に固定しました。

表1. 主な計算条件

項目 設定
擬ポテンシャル ウルトラソフト (H: ノルム保存)
交換相関汎関数 RPBE (GGA)
波動関数のカットオフエネルギー 25 ~ 50 Rydberg
表面スーパーセル (2x2)相当 4原子直交セル
原子層 3層(底面2層固定)
表面被覆率 0.25 ML
真空層 10 Å

計算結果と考察#

格子定数の最適化#

スラブモデルを構築する前に、まず各金属のバルク(結晶)構造を最適化し、平衡格子定数を決定しました。RPBE汎関数は吸着エネルギーの計算に適していますが、格子定数を実験値や他の汎関数(例:PBE)よりも過大に評価する傾向があります。本解析では一貫性を保つため、スラブモデルの格子定数もRPBEで最適化したバルク結晶の値を使用しました。図2にPtとWのバルク結晶のE-V曲線(エネルギーと体積の関係)を示します。

E-V curve for fcc Pt (RPBE) E-V curve for bcc W (RPBE)

図2. (上) fcc Pt の E-V曲線 (RPBE)。 (下) bcc W の E-V曲線 (RPBE)。 は慣用(conventional)単位格子当たりの体積。

最安定吸着構造#

次に、各金属表面の複数の高対称性サイト(トップ、ブリッジ、ホロなど)で水素吸着エネルギーを計算し、最も安定な吸着サイトを特定しました。その結果、fcc(111)面では fcc hollow サイトが、bcc(110)面では擬3回hollow サイト が最安定となりました。図3にPt(111)とW(110)における最安定吸着構造(上面図)を示します。

Optimized H adsorption structure on Pt(111) and W(110)

図3. (左) Pt(111)上の最安定水素吸着サイト(fcc hollow)。 (右) W(110)上の最安定水素吸着サイト(擬3回hollow)。

Volcano Plotと考察#

各金属の最安定サイトにおける水素吸着エネルギー を算出し、これにNørskov近似 の補正項 (+0.24 eV) を加えて、触媒活性の記述子である を求めました。この計算結果と、文献 [2] に記載されている実験の交換電流密度(、触媒活性の指標)をまとめたものが表2です。

表2. 各金属の計算された吸着エネルギーと実験的な触媒活性

Metal (eV) (eV) * Experimental
(A cm-2)
Nb -0.803 -0.563 -6.80
Cu 0.046 0.286 -5.37
W -0.658 -0.418 -5.90
Ag 0.348 0.588 -7.85
Pt -0.375 -0.135 -3.34
* として算出。

この表2のデータ(横軸に 、縦軸に )をプロットしたものが、図4の Volcano Plot です。

Volcano Plot for Hydrogen Evolution

図4. 計算された水素吸着自由エネルギー () と実験の交換電流密度 () の相関関係を示すVolcano Plot。

【考察】

作成されたVolcano Plot(図4)は、Sabatier原理を見事に示しています。触媒活性()は、 が 0 eV に近い場合に最大となり、そこから離れる(吸着が強すぎる、または弱すぎる)につれて低下する、明確な「火山型」の傾向を示しています。

  • ボルケーノの頂点 (最適触媒): Pt (白金) は、 と、理想的な 0 eV に非常に近い値を持っています。これにより、水素の吸着と脱離のバランスが「適度」 に保たれ、計算対象の金属の中で最も高い触媒活性 を示します。これは、PtがHERの最適触媒であるという実験的事実を理論的に裏付けるものです。
  • 左側の斜面 (強吸着側): WNb は、 が負に大きく、水素原子を表面に強く吸着しすぎていることを示します。このため、吸着した水素原子が次のステップ(例:H原子同士が再結合してH2分子として脱離するステップ)に進むのが困難(律速)となり、全体の活性が低下します。
  • 右側の斜面 (弱吸着側): CuAg は、 が正であり、水素原子の吸着が弱すぎる(エネルギー的に不利である)ことを示します。この場合、そもそも水素原子が表面に吸着するステップ自体が律速となり、活性が低くなります。

この結果は、 がHER触媒活性の非常に優れた記述子(descriptor)であることを実証しています。第一原理計算によってこの を予測することで、高価なPtに代わる、安価で高活性な(すなわち となる)新規触媒材料の探索(マテリアルズ・インフォマティクス)を効率的に進めることが可能になります。

まとめ#

本解析では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASE を用い、各種金属(Pt, W, Nb, Cu, Ag) 表面における水素発生反応(HER)の触媒活性を、密度汎関数理論(DFT)に基づいて評価しました。触媒活性の記述子である水素吸着ギブズ自由エネルギー() を、Nørskovらによる近似を用いて効率的に算出しました。計算で得られた と実験による触媒活性(交換電流密度)をプロットすることで、明確な Volcano Plot が得られました。この結果は、Sabatier原理に従い、 が 0 eV に最も近いPt が最高の触媒活性を示すことを理論的に実証するものです。本解析は、第一原理計算が触媒活性のメカニズムを解明し、新規触媒材料を設計・探索するための強力なツールであることを示しています。

参考文献#

  1. R. I. Masel, Principles of adsorption and reaction on solid surfaces, John Wiley & Sons (1996).
  2. J. K. Nørskov, T. Bligaard, A. Logadottir, J. R. Kitchin, J. G. Chen, S. Pandelov, and U. Stimming, "Trends in the exchange current for hydrogen evolution", Journal of The Electrochemical Society 152, J23 (2005).

関連ページ#