Δ-NNP法によるリチウムイオン伝導体LGPSの伝導率計算#
Li10GeP2S12#
- Li10GeP2S12 (LGPS)は、室温で10-2 S/cm以上の高いイオン伝導率有するリチウムイオン伝導体であり、全固体リチウムイオン電池における固体電解質としての利用が期待されている。
- 正方晶のユニットセルに、四面体構造の[GeS4]4-を2つ、[PS4]3-を4つ、Li+を20個含む。
- この結晶に対して、当社が独自に開発した新しいNeural Network力場法であるΔ-NNP法を適用して、イオン伝導率を計算する。
Δ-NNP法#
- 通常のNeural Network力場(NNP)法では、系の全エネルギー𝐸totをNNPにて計算されたエネルギー𝐸NNPにて表現する: 𝐸tot=𝐸NNP
- 当社ではNNP法を改良した差分NNP法(Δ-NNP法)を独自に開発し、自社製品であるNeuralMDに実装した。Δ-NNP法では、全エネルギー𝐸totを古典力場にて計算されたエネルギー𝐸CとNNPにて計算されたエネルギー𝐸NNPの和で表現する: 𝐸tot=𝐸C+𝐸NNP
- 古典力場としては、Lennard-Jones様の2体ポテンシャルを使用する:
- Neural Networkの教師データにはDFTで計算されたエネルギーそのものではなく、DFTと古典力場の差分 を使用する。
- 無機結晶においては、Lennard-JonesやBuckinghamなどの2体関数にて ポテンシャル地形の概ねの構造を表現できることが知られている。当社はこれに着目してポテンシャル地形の第0近似として2体関数を適用し、2体関数で表現しきれない余剰の部分をNNP法で補完するというアプローチを採用した。その結果、NNPは凹凸の少ない地形のみを表現することになり、Neural Networkの真価を十分に発揮することなく結晶系を取り扱ことが出来る。つまり、結晶系という平時においては、Neural Networkは余力を十分に残した状態にある。逆に、欠陥や不純物、表面や界面、イオンが激しく運動するといった特殊な状況においては、このNeural Networkの余力が機能する。
- また、Δ-NNP法の適用により、(1)Neural Network学習過程の収束性が向上し、且つ、(2)少ない教師データでも有用な力場を作成できるという大きなメリットを得ることに成功した。
初期力場の作成#
- 先ずは、少ない教師データ数で初期力場を作成する。その後、強化学習により教師データ数を増やす。
- 初期力場用の教師データとしては、Li10GeP2S12のユニットセル(50原子系)を使用した。結晶構造はMaterials Projectより取得したもの(mp-696128)をそのまま使用している。原子座標をランダムに0.1~0.2Åだけ変位させて多数の構造を生成し、各構造に対してSCF計算を実施して その結果を教師データとした。教師データに採用した構造は714個である。SCF計算には、Quantum ESPRESSOを使用しており、擬ポテンシャルはウルトラソフト、カットオフエネルギーは40Ry、k点サンプリングはΓ点のみである。
- 作成した教師データを用いて、力場を最適化する。先ずは2体力場を最適化して、その後にNeural Networkの学習を行った。比較のために、2体力場を使わない通常のHDNNPも作成した。Δ-NNPとHDNNPともに、RMSE(Energy) 1.4meV/atom、RMSE(Force) 0.08eV/Åまで収束させた。
- NNPにおける対称関数には、80個のChebyshev関数を使用した。カットオフ半径は6Åである。Neural Networkの構造は2層 x 40節で、活性関数はtwisted tanhである。
初期力場を使ったMD試計算#
- 作成した初期力場を用いて、MD計算を実施した。NVTアンサンブルでT=800K、 Δt = 0.5fs、シミュレーション時間は100psである。
Δ-NNPの計算結果
t = 100psでの構造
動径分布関数
- [GeS4]4- および [PS4]3- の四面体構造が保持されている。
- 原子をランダムに変位させただけの約700個程度の教師データのみで、800Kの高温に耐え得る安定性を実現!!
- 少ない教師データで初期力場生成 → 初期力場でのMDやMCで構造を追加 → 強化学習の実施 というスキームが容易に実現できる。
HDNNPの計算結果
t = 100psでの構造
動径分布関数
- HDNNPでは 800Kという高温には耐えられず、構造が完全に破綻する。外挿が機能しないためである。
- トラジェクトリ―を用いた強化学習が実施できない。
強化学習#
- 初期力場を使用してMetropolis法を実施して、新たに多数の構造を生成した。Metropolis法における温度は300K~1000Kである。最終的な教師データの構造数は、6,914個である。このうち200構造は 2 x 2 x 1スーパーセルで、それ以外の構造は全てユニットセルである。L-BFGS法にて10,000エポックの学習を実施した。
- RMSE(Energy) = 3.4 meV/atom 、RMSE(Force) = 0.077 eV/Å
- Δ-NNPはHDNNPよりも収束性が良いことが確認できた(下図)。
2体ポテンシャル関数#
- 2体ポテンシャルのみを使用したとき(NNP無し)の精度:
RMSE(Energy) = 41.9 meV/atom 、RMSE(Force) = 0.457 eV/Å
- Ge-S、P-Sなどの結合を正しく表現できている(下図)。
Liイオンの拡散係数計算#
- 1600原子系のスーパーセルモデル(右図)を用いて、0.5~1.0nsのMD計算を実施する。Δt = 0.5fs、NVTアンサンブルとする。
- 温度を350~800Kの種々の値としてシミュレーションを実施して、MSDの傾きからリチウムイオンの拡散係数を評価する。
- 一般に、高温では原子の運動が大きく、モデルサイズが小さくても高精度に拡散係数を評価できる。逆に、低温ではモデルサイズを十分に大きくしないと拡散係数の精度が担保されない。このため、第一原理MDでは高温での計算は出来るものの、低温での拡散係数計算にはNNP法が必須となる。
LGPSスーパーセルモデル
LiイオンのMSD
イオン伝導率#
- 拡散係数を𝐷とすると、Li+のイオン伝導率𝜎は下式となる。𝜌はLi+の濃度、 𝑒は素電荷、 𝑘はボルツマン定数、 𝑇は温度である。
- 計算された𝜎のアレニウスプロット:
- [1] A.Marcolongo, ea al., https://arxiv.org/abs/1910.10090
- [2] 菅野了次, Electrochemistry, 85(9), 591–596 (2017)
- T = 298.15K におけるイオン伝導率を、2次関数で補外して予測すると、
σ = 1.6 x 10-2 S/cm
となった。実験値 1.2 x 10-2 S/cmにかなり近い数値である。 - 第一原理MDや既存NNPよりも低コストに高精度なイオン伝導率が予測できることから、LGPS以外の固体電解質への適用も期待される。
- 教師データ作成からσ算出まで1週間弱ほどで完了