分子動力学シミュレーションによるNi単結晶のヤング率の異方性の計算#
ナノ材料統合GUI Advance/NanoLaboを用いたNi単結晶の分子動力学シミュレーション1の解析事例について紹介します。 本事例では、異なる結晶方位にひずみを加えたときの応力の応答から、剛性の指標として用いられるヤング率の異方性を調べました。
計算モデルの作成#
Materials Projectより取得した面心立方構造のユニットセル(mp-23)をもとに、(100)面、(110)面、(111)面方向に切り出されたスーパーセルモデルを作成しました(以下ではそれぞれをNi(100), Ni(110), Ni(111)と表記します)。 Advance/NanoLaboでは、ミラー指数及び各軸方向の繰り返し回数を指定するだけでこのようなモデルを容易に作成することができます。 各モデルの原子数、格子定数を表に示します。
系 |
原子数 |
格子定数a(Å) |
格子定数b(Å) |
格子定数c(Å) |
---|---|---|---|---|
Ni(100) | 4000 | 35.05798000 | 35.05798000 | 35.05798000 |
Ni(110) | 3920 | 34.70562960 | 34.70562960 | 35.05798000 |
Ni(111) | 4032 | 36.43332154 | 34.70562955 | 34.34966497 |
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Ni(100) |
Ni(110) |
Ni(111) |
力場には原子挿入法(Embedded Atom Method; EAM)ポテンシャルを採用しています。EAMポテンシャルには、引力項・斥力項といった2体ポテンシャルのほかに、周辺原子が形成する電子密度の中に原子を埋め込むことで生じる項(多体項)が含まれます。EAMポテンシャルは金属結合系の分子動力学計算で主に利用されています。
計算スキームの設定#
統計的アンサンブルには温度と圧力が一定のNPTアンサンブルを採用しています。温度と圧力を一定に保つための手法として、Nose-Hooverの方法を用いています。 シミュレーション時間の刻み幅は1fsとしました。
まず、各モデルについて300K,1barの条件下で20万ステップ(200ps)のシミュレーションを行い、系を平衡化しました。このとき、セルには等方的な変形のみを許しました。
次に、各モデルについて<100>, <110>, <111>方向に0.001Å/psのひずみを与えながら、ビリアル応力の計算を100万ステップ(1ns)行いました。本シミュレーションでは一軸応力の測定を目的としているため、ひずみを与えている方向と垂直な方向の圧力は0barで一定となるように設定を行いました2。
Advance/NanoLaboではOption画面から、任意の方向へのセルの変形を容易に設定することが可能です。 また、User's画面からは任意の物理量の定義、計算及びグラフによる可視化の設定を行うことができます。本シミュレーションではUser's画面からビリアル応力の計算設定を行いました。
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Option画面における計算設定 |
User's画面における計算設定 |
Tips
計算を実行する直前の画面でinput fileを直接編集することができます。スキームの設定部分にfix ensemble all npt temp 300.0 300.0 0.1 y 0 0 1.0 z 0 0 1.0と入力することで、y,z方向の圧力を0barで一定に保つように設定することができます3。
計算結果#
Advance/NanoLaboでは、計算結果のGUI上での可視化や、CSVファイルの出力を容易に行うことができます。 ヤング率はひずみと応力の比として定義されるため、ひずみに対する応力の応答を一次関数でフィッティングすることでヤング率を算出しました4。 その結果得られた、各結晶方位におけるヤング率を表に示します。いずれの結晶方位についても実験値と同程度の値が得られており、結晶方位ごとの大小関係も再現することができています。
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GUI上での可視化 |
ヤング率の算出 |
系 |
ヤング率(GPa)(計算値) |
ヤング率(GPa)(実験値)5 |
---|---|---|
Ni(100) | 110.0 | 121.3 |
Ni(110) | 184 | 203.8 |
Ni(111) | 263.5 | 262.2 |
関連ページ#
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ソルバーにはLAMMPS(Large-scale Atomic/Molecular Massively Parallel Simulator)を用いています。 ↩
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MORTAZAVI, Bohayra; AHZI, Saïd. Thermal conductivity and tensile response of defective graphene: A molecular dynamics study. Carbon, 2013, 63: 460-470. ↩
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Ni(110)については線形な範囲内のデータのみを用いてフィッティングを行いました。 ↩
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増本量, et al. ニッケル単結晶のヤング率の結晶異方性と温度変化. 日本金属学会誌, 1968, 32.6: 525-528. ↩