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M3GNetを用いたLiZnxMn2-xO4の分子動力学計算#

M3GNet#

M3GNetは、三体相互作用を取り入れたマテリアルグラフニューラルネットワーク力場です。 MEGNetなどの先行するマテリアルグラフ実装との主な違いは、 力や応力などのテンソル量を自動微分で求めるために必要な原子の座標と結晶の3×3格子行列が追加されたことです。

最先端の機械学習ポテンシャルと同等の性能と、 グラフ表現により周期表全体を網羅する高い汎用性が特徴です。

Chen, C., Ong, S.P. A universal graph deep learning interatomic potential for the periodic table. Nat Comput Sci 2, 718–728 (2022). https://doi.org/10.1038/s43588-022-00349-3.

LiMn2O4#

リチウムマンガン酸化物LiMn2O4は、Li二次電池正極材料として広く知られているスピネル構造の物質です。

LiMn<sub>2</sub>O<sub>4</sub>立方晶

構造相転移#

LiMn2O4は高温相では立方晶が安定ですが、低温相では1×3×3超格子を形成して斜方晶となります。 これは、LiMn2O4のMn3+O6八面体がヤーン・テラー効果により鉛直方向に歪むために起こります。 実際、高温相でもMn3+とMn4+の二種類が局所的に独立して存在しており、Mn3+O6八面体がMn4+O6八面体と接する部分が局所的に歪んでいると考えられています。

生田 博将, 内本 喜晴, 脇原 將孝, リチウムマンガン系スピネル型酸化物の結晶構造制御とリチウム二次電池への応用, 日本化学会誌(化学と工業化学), 2002, 2002巻, 3号, pp. 271-280, https://doi.org/10.1246/nikkashi.2002.271

Mn原子の置換#

一部のMnをCo、 Cr、 Znなどで置換してMn4+の割合を増やすと、 ヤーン・テラー効果が抑制されるため、立方晶の安定性が向上し転移温度が下がります。 また、置換率を上げると格子定数が線形に減少する傾向が報告されています。

解析手順#

M3GNetをLiZnxMn2-xO4に対して適用しました。 xの値を変えながら構造を最適化し、次の二点について解析を行いました。

  • 立方晶と斜方晶のエネルギー
  • 格子定数

構造作成#

LiZn<sub>0.4</sub>Mn<sub>1.6</sub>O<sub>4</sub>斜方晶

元となる構造はMaterials Project(https://materialsproject.org/)のものを用いました。

  • 立方晶 (mp-22584)
  • 斜方晶 (mp-1199729)

以上の構造をもとに、MnをランダムにZnに置換して解析用の材料構造を作成しました。 斜方晶はヤーン・テラー歪みによって1×3×3超格子を形成しているため、 斜方晶3×1×1と立方晶3×3×3を対応させています。

x 立方晶 3×3×3 斜方晶 3×1×1
0 1 1
0.1 5 5
0.2 5 5
0.4 5 5
0.8 5 5

構造最適化#

次のようにセルを変形させながら構造最適化を行いました。

立方晶 3×3×3 斜方晶 3×1×1
Isotoropic Anisotoropic

解析結果#

立方晶と斜方晶のエネルギー#

ΔEpot ( = Epotaniso - Epotiso )を評価することにより、立方晶と斜方晶のエネルギー的な安定性を相対的に評価することができます。

x ΔEpot (meV/atom)
0 -11.06
0.1 -5.777
0.2 -3.251
0.4 0.3868
0.8 0.2132

x<0.4では、斜方晶がエネルギー的に安定であることがわかります。 また、置換量が多いほどエネルギー差の絶対値は小さくなるため、 転移温度が低くなることが予想されます。 このシミュレーション結果は、実験結果と同様の傾向を示しています。

以上のように、相転移の挙動をM3GNetによって定性的に再現することができました。

斜方晶の異方性#

斜方晶の異方性を、各格子ベクトルの大きさの比として評価してみます。

x Cella Cellb Cellc
0 1.0000 1.0090 1.0094
0.1 1.0000 1.0061 1.0078
0.2 1.0016 1.0000 1.0074
0.4 1.0000 1.0013 1.0018
0.8 1.0018 1.0001 1.0000

置換量が多いほど斜方晶の異方性が低下していくことがわかります。 これはエネルギー差による評価と同様に、 Mn置換量が多いほど立方晶が安定になる傾向を示しているといえます。

格子定数#

立方晶の格子定数を評価しました。

格子定数のx依存性

x≤0.4までは、置換量の増大に伴って格子定数が線形に減少する様子が観察されました。

また、Mnの価数の平均が+4となる置換量(x=0.5)を超えるx=0.8では、x≤0.4の傾向から大きく外れた結果となりました。 これは、格子定数の減少がMn3+の減少に起因しているためだと考えられます。

以上の結果は、MnをZnに置換することによるヤーン・テラー歪み抑制効果と、それに伴う格子定数の減少傾向をM3GNetで再現できることを示しています。

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