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汎用グラフニューラルネットワーク (GNN) 力場を用いた分子動力学計算による分子密度ベンチマーク#

本記事では、ナノ材料解析統合GUIであるAdvance/NanoLaboを活用した密度計算の事例をご紹介いたします。本事例では、その中で分子動力学機能(LAMMPS1)を用いて分子(水:, ベンゼン: , 塩化メチレン: )の密度を求めました。

具体的には、モデル空間に10個の分子を配置して分子動力学計算を行いました。分子動力学計算においては、原子間の相互作用を記述する力場が重要となります。そこで今回は、汎用的なGraph Neural Network(GNN)力場2の設定を変更し、その違いが計算結果に及ぼす影響をベンチマークとして評価しました。対象とする系は、水、塩化メチレン、ベンゼンを用いました。

計算対象のセットアップ : H2O#

ここでは水分子を例に挙げAdvance/NanoLaboの設定方法を記します。Materials Project3から分子構造を得て、計算条件を設定します。

以下の手順に従い分子の環境構築を行います。まず、Modelerから分子の設定をしていきます。Moleculeタブ内にある下図の「Packing Molecules」のStart Modeling(赤枠部分)をクリックし分子充填の設定をします。

setup003

続いて、下図のH2OのMoleculesを10にします。これで空間内に10個の水分子が含まれるような計算を行うことができます。また、あらかじめ、Resize Cell by Densityで密度を実験値に近い値にしておくことで密度の定常状態にできるかぎりはやくなるようにしておきます。このため水分子の密度0.998を設定します。

setup004

以上でモデルの設定は完了です。分子配置については違いが生じる可能性はありますが、以下の画像のようになれば設定できています。この設定した空間を、時間発展させることで密度の変化を調べます。

H2Omodel

解析手順#

Force-Field#

calculatorとしてLAMMPSを用い、右下のメニューのForce-Field内の3つの項目 - Type of Force Field - Model - Adding DFT-D3

を変えることで比較を行いました。以下の画像の赤枠の3つの部分を変え、計算を行います。

setup001

上記3つの項目で今回計算した組み合わせを以下の表にまとめました。DFT-D3 option(Adding DFT-D3)は設定可能な場合と不可の場合があり、可能な場合にはDFT-D3補正を用いる場合と用いない場合それぞれ計算しました。Orbではorb-d3-v2がDFT-D3補正を用いる場合に該当します。

tbl_models

Scheme#

Schemeの設定を下図に示します。分子動力学計算をNPTアンサンブルで行いました。NPTアンサンブルなので粒子数, 圧力, 温度が一定でセルの等方的変形のみ許容した計算です。今回は50 psで定常状態と仮定し、50 ps以降のタイムステップの密度の平均をとります。

setup002

解析結果#

CHGNetにDFT-D3補正を適用しない場合の定常状態における密度変化を下図に示します。灰色の破線は平均値を表しています。本事例では、すべての系において50 ps以降のタイムステップに対する密度の平均値を比較対象とし、この灰色破線の値を各モデルの代表値として用いることに留意してください。

res_dens

今回扱ったモデルの計算結果をまとめると水分子: は下図のようになりました。今回扱った系ではDFT-D3を用いない方が実際の値0.998に近い結果になりました。また、DFT-D3補正を用いた方がエラーバー大きい傾向にあることがわかりました。これらの結果は今回扱った系が小さいためDFT-D3補正の引力が強く出すぎてしまい過大評価するようになったと考えられます。水分子は水素結合していることもあり、実験値を再現することは困難でした。

res_comp_dens_H2O

続いて、ベンゼン: の結果を以下に示します。0.0 に近い値となった場合は、引力が弱すぎて系が発散したことを意味します。MatterSimでは、DFT-D3補正を適用しても発散が生じましたが、これは系の小ささに起因すると考えられます。一方で、その他のモデルではDFT-D3補正を導入することで、実験値の再現性が向上することが確認されました。

res_comp_dens_C6H6

最後に 塩化メチレン: の結果を示します。DFT-D3補正を適用することで、すべてのモデルにおいて密度が実験値に近づくことが確認されました。また、どのモデルにおいても系の発散が抑えられる傾向が見られました。以上のことから、系が適切であればDFT-D3補正は実験値の再現性を大幅に向上させることが明らかとなりました。

res_comp_dens_CH2Cl2

まとめ#

本事例では、ナノ材料解析統合GUI Advance/NanoLaboを用いて分子動力学計算を実施し、汎用GNN力場が密度計算に与える影響を評価しました。具体的には、水、ベンゼン、塩化メチレンの分子10個を含むモデル空間をそれぞれ構築し、NPT アンサンブル条件下でシミュレーションを行い、密度の定常値を比較しました。

解析の結果、系が小さい場合にはDFT-D3補正が実験値の再現に大きく寄与しない一方で、適切な系を選択することでDFT-D3補正が実験値の再現性を大幅に向上させることが明らかになりました。これらの結果から、力場や補正の選択がシミュレーション結果に大きな影響を及ぼすことが示されました。

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