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2次元円柱流れのPOD、DMD解析#

概要#

乱流は私たちの身の回りの様々な工学製品において非常に重要な現象です 。良い影響としては、物質の混合を促進したり、熱の伝達を速めたりする効果があります。一方で、悪い影響として物体への抵抗や騒音を増大させたり、構造物を振動させたりする原因にもなります。

近年の目覚ましいコンピュータの性能向上により、シミュレーションの手法は大きく進化しました。従来の時間平均的な流れを扱うRANSモデルから、より詳細な渦構造を直接計算するLESへと移行が進んでいます。LESは空間や時間をより詳細に解析できる一方で、扱うデータ量が爆発的に増大するという問題を生み出しました。大規模なLESでは、メッシュ数(計算点の数)が数千万〜数億、スナップショット数(時間ごとのデータ)が数百〜数千にも達します。

乱流を理解するためには、流れ場の「瞬時場」(ある一瞬の状態)を観察し、渦の構造などを分析します。しかし、この従来の手法には2つの大きな問題点があります。渦を可視化する際の閾値の選び方一つで、流れ場の印象が大きく変わってしまいます。また、解析者が見ているその一瞬の状態が、流れ全体の典型的な状態を代表しているとは限りません。

これらの背景から、現代の乱流解析では以下のような新しい手法が強く求められています。

・膨大なシミュレーション結果から本質的な情報だけを抽出したい。

・人の主観に頼らず、誰がやっても同じ結果が得られるような、客観的で自動化された分析方法がほしい。

解析手法(POD解析)#

ここでは、モード分解による流れ場の理解についてご紹介します。図 1 にモード分解による流れ場の理解の概要を示します。 流れの瞬時場をモード分解することで、低次元化、データ量の削減(数桁オーダー)が行えます。モード分解された流れ場を見ることで複雑な瞬時場では理解できなかった代表的な流れのモードを理解することができます。また、分解された各モードと時間平均場から元の流れ場を再構築することが可能です。

モード分解流れ場の理解の概要

図 1. モード分解による流れ場の理解の概要

続いて、複雑な流体シミュレーションの膨大なデータから、その本質的な特徴を抽出する手法であるProper Orthogonal Decomposition (POD)解析の仕組みを解説します。

POD解析は、まず、ある一定の時間にわたって記録された、多数のシミュレーション結果ファイル(スナップショット)から始まります。続いて、これらの各瞬間の膨大な流体データ(速度や圧力など)を、1つの巨大な行列にまとめます。この行列に対して、特異値分解(Singular Value Decomposition, SVD)という数学的な処理を行います。特異値分解は、複雑なデータをその特徴が際立つ、よりシンプルな構成要素に分解する強力な手法です。

特異値分解を行うと、主に2つの重要な情報が得られます。1つはPODモードです。PODモードは流れを代表する基本的なパターン(空間構造)です。これらは互いに独立した(直交な)特徴を持っています。もう1つが特異値です。各PODモードが、流れ全体のエネルギー(変動の激しさ)に対してどれだけ貢献しているかを示す「重要度」のようなものです。特異値が大きいほど、そのモードは流れの中で支配的なパターンであることを意味します。

特異値によって各モードの重要度が分かるため、エネルギーへの寄与が大きい、主要なモードをいくつか選ぶことで、元の複雑な流れを非常に少ない情報量で近似的に再現できます。これは、元の膨大な流体データを、本質を保ったまま低次元のデータへと圧縮することを意味します。最終的に、この圧縮されたデータ(主要なPODモード)を用いることで、元の複雑な流体現象をシンプルに表現する「低次元モデル」を客観的(機械的)に構成することができます。これにより、人の主観に頼らずに、流れの支配的な特徴を分析することが可能となります。

解析結果(POD解析)#

2次元円柱周りの流れに対してPOD解析を行った例をご紹介します。まず、Advance/FrontFlow/redに解析を実施した2次元円柱周りの流れ場データ(図2参照)を取得します。

2次元円柱周りの流れ場結果

図 2. 2次元円柱周りの流れ場結果

続いて、時系列データの2,000個のsnapshotを用いて、ここではIncremental POD(r=5)により解析を行います。流れ場データは速度場(u,v)を用います。結果を以下の図3~4に示します。寄与度の大きい周期的なモードが確認できます。

モードによる特異値分布

図 3. モードによる特異値分布

POD基底(速度分布)

図 4. POD基底(速度分布)

更に、モードの重ね合わせによる流れ場の復元を行います。以下はモード数による残差の変化を表しており、復元する際のモード数を増やすことで元の流れ場との残差が小さくなっていくことが確認できます。ここで、残差の定義は、

残差の式

であり、iは格子点数を表しています。 図5にモード数と残差変化、図6に復元するモード数の違いによる流れ場の再現度の違いを示します。

モード数と残差変化

図 5. モード数と残差変化

復元するモード数の違いによる流れ場の再現度の違い

図 6. 復元するモード数の違いによる流れ場の再現度の違い

解析手法(DMD解析)#

次に、POD解析を発展させ、流れの中にある周期的な現象を特定し、その周波数と空間的な構造(形)を抽出するためDynamic Mode Decomposition (DMD)解析/動的モード分解について解説します。

DMD解析は、流れの「ある瞬間の状態」から「次の瞬間の状態」へと変化するルールを、単純な行列で表現しようとする手法です。まず、POD解析で得られた主要なパターン(POD基底)を使って、流れの時間変化を表現します。これにより、扱うデータが圧縮され、計算が効率化されます。この時間変化のルールを表すのが「時間発展行列A」です。

この時間発展行列Aを固有値分解により分析します。これにより、流れが持つ隠れた周期性、パターンを明らかにすることができます。固有値分解の結果、固有振動数と固有モード(DMDモード)という重要な2つの情報が得られます。固有振動数は流れの中で自然に発生する振動の周波数です。そして、固有モード(DMDモード)はその特定の周波数で振動している流れの空間的なパターンです。

解析結果(DMD解析)#

以下の図7において、左の図は流れの信号を周波数分析したもので、どの周波数成分が強いかを示しています。ここでは、f=0.45 [Hz]とその倍のf=0.90 [Hz]に顕著なピーク(強い周期性)があることが分かります。右の図(DMDモード)では、DMD解析によって、これらの周波数ピークが「どのような流れのパターン」によって引き起こされているのかを可視化します。ここでは、f=0.45 [Hz]のモードは円柱後方に発生する大規模な渦(カルマン渦)の基本的な振動パターンを示しています。一方で、f=0.90 [Hz]のモードでは基本的な振動の倍の周波数で発生している、より細かく速い変動のパターンを示しています。

POD基底によるDMD解析

図 7. POD基底によるDMD解析

まとめ#

POD解析が流れの「主要な構成要素」を抽出するのに対して、DMD解析は流れの「周期的な動き」を、その周波数とセットで抽出することに特化しています。これにより、「どの周波数の現象が、どのような形の渦によって引き起こされているのか」を明確に結び付け、流れの物理現象をより深く理解することが可能となります。

最後に、Advance/FrontFlow/redの結果ファイルを用いた利用イメージについてご紹介します。利用イメージ図を図8に示します。この図は、大きく分けて2段階のプロセスで構成されています。

第1段階としてモード抽出(流れの特徴を分解・可視化)を行います。まず、Advance/FrontFlow/redの結果ファイルと、解析条件を記したPOD・DMD解析用設定ファイルを入力とします。モード抽出プロセスにより、POD解析やDMD解析を実行します。ここから、以下のような流れの本質的な特徴が出力されます。

・スペクトルデータ出力:流れの周期性を分析し、どの周波数が卓越しているかといったデータを出力します。

・POD基底データ出力:流れを構成する最も主要な空間パターン(PODモード)のデータそのものを出力します。

・モード可視化(POD、DMD):抽出された各モードがどのような形をしているのかを、格子や形状データと合わせて視覚的に確認できます。

・流体力の出力:各モードが、物体に働く力(揚力や抗力など)にどれだけ寄与しているかを計算します。

第2段階としてGalerkin基底による解析(流れの未来を予測する簡易モデルの構築)を行います。第1段階で得られたPOD基底データを元にしてさらに高度な解析へと進みます。Galerkin基底による解析(ガラーキン法)では、抽出した主要なモードだけを使って、元の複雑な流れの動きを再現する、非常にシンプルな予測モデル(低次元モデル)を構築します。この予測モデルを動かすことで以下のような結果を得ることができます。

・係数の時間変化:各モードの重要度(強さ)が時間とともにどう変化していくかを予測します。

・可視化:上記の係数の時間変化とPODモードを組み合わせることで、元の高コストなシミュレーションを再実行することなく、今後の流れの状態をアニメーションとして再構築できます。

・流体力:予測モデルから、物体に働く未来の力を高速に予測します。

利用イメージ図

図 8. AFFrでのPOD、DMD解析、利用イメージ図

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