シリセン・ゲルマネンの垂直電場によるバンドギャップ形成:ESM法による第一原理解析#

シリコンやゲルマニウムの単原子層であるシリセン(silicene)・ゲルマネン(germanene)は、グラフェンと同じハニカム格子を持ちますが、平面ではなく上下にわずかにずれた「低バックリング(low-buckled)」構造をとります。バンド構造は K 点で線形に交差するディラック錐であり、キャリアは質量ゼロのディラック粒子として振る舞います。ただしバンドギャップがゼロであるため、そのままでは電界効果トランジスタ(FET)のチャネル材料になりません。ところがグラフェンと違い、シリセン・ゲルマネンでは 2 つの副格子 A・B が高さ方向にずれているため、膜面に垂直な電場をかけると A・B のオンサイトエネルギーに差が生じ、K 点にバンドギャップが開きます。これが二重ゲート型シリセン FET の動作原理です。本解析では、第一原理計算ソフトウェア Advance/PHASE (ver.5.0) に実装された ESM(Effective Screening Medium、有効遮蔽媒質法)の外部電場機能を用いて、この電場誘起バンドギャップを定量的に評価しました。ESM の metal/slab/metal 境界条件は、単層を 2 枚の金属電極で挟んだ配置そのものであり、二重ゲート FET のゲート構造を素直に模擬できます。これは鋸歯型ポテンシャル(dipole correction)と違い、真空中に人工的な不連続点が生じないため、強い電場でも自己無撞着解が安定に得られます。得られたバンドギャップは電場に対して厳密に線形に増大し、ゲルマネンの方が大きな傾きを示しました。さらに、単層に実際に加わる電場を面内平均静電ポテンシャルから読み取ることで、バンドギャップの応答がセル長(電極間距離)に依存しない普遍的な物理量であることを確認しました。
Keywords: 第一原理計算 (DFT), シリセン, ゲルマネン, ディラック錐, バンドギャップ形成, 外部電場, ESM (有効遮蔽媒質法), 二重ゲート FET, 二次元材料
計算モデルと計算条件#
図1 に計算モデルを示します [1]。シリセン・ゲルマネンは 2 原子からなる六方格子の単位胞で表され、副格子 A・B が z 方向に Δ だけずれた low-buckled 構造をとります(図1a, b)[2, 3]。この単層をセルの中央に置き、z = ±z1 に金属電極を置いた ESM model = 2(metal/slab/metal)で計算しました(図1c)[4]。電極間には esm{ efield } で指定した一様電場が印加されます。

図1. (a) ハニカム格子の上面図(破線は単位胞、A・B は 2 つの副格子)。(b) 側面図。A・B が z 方向に Δ だけずれた low-buckled 構造。(c) ESM metal/slab/metal 配置。単層をセル中央に置き、z = ±z1 に金属電極を置いて垂直電場 E⊥ を印加します。
表1. 計算条件の概要
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 擬ポテンシャル | ノルム保存型 |
| 交換相関汎関数 | GGA-PBE |
| 波動関数のカットオフエネルギー | 25 Rydberg |
| k 点サンプリング | 10×10×1 Monkhorst-Pack(Γ 中心、kshift{ k3 = 0 }) |
| セル長(z 方向) | 16 Å(電極位置 z1 = 8 Å) |
| ESM | model = 2 (metal/slab/metal)、efield = 0 – 0.5 V/Å |
計算結果と考察#
無電場での構造最適化#
まず無電場(efield = 0)でバックリング量 Δ と格子定数 a を決定しました。それぞれ、Δ と a をスキャンして全エネルギー曲線の極小から求めています(図2)。

図2. 無電場での全エネルギー曲線。(a) バックリング量 Δ(a を文献値 [1] の 3.866 / 4.063 Å に固定)、(b) 格子定数 a(Δ を最適値 0.445 / 0.693 Å に固定)。曲線は2次関数フィットです。文献値を出発点に (a) → (b) の順に1回ずつ最適化しており、得られた a で Δ を再スキャンしても Δ の変化は 0.002 Å 以下です。
表2. 最適化された構造パラメータと文献値の比較
| a (Å) 本計算 (PBE) | a (Å) 文献 [1] (GGA/DNP) | Δ (Å) 本計算 (PBE) | Δ (Å) 文献 [1] (GGA/DNP) | |
|---|---|---|---|---|
| シリセン | 3.867 | 3.866 | 0.445 | 0.460 |
| ゲルマネン | 4.066 | 4.063 | 0.693 | 0.676 |
格子定数は文献値と 0.1 % 以内、バックリング量も 0.02 Å 以内の差で一致しており、計算条件が妥当であることを確認できます。以降の電場計算はこの構造を固定して行いました。文献 [1] によれば E⊥ = 0.51 V/Å での Δ の変化はシリセンで 3 %、ゲルマネンで 0.2 % 程度、格子定数 a の変化は 0 – 1.03 V/Å の全域で 0.2 % 以下であり、ギャップへの影響は小さいと考えられます。
ESM が作る静電ポテンシャルと電場による電荷の再分布#
ESM法では、面内平均した電荷密度と静電ポテンシャルが出力されます。図3a はシリセンの面内平均静電ポテンシャルです。無電場ではポテンシャルは真空中で平坦になり、最高被占準位からの高さがそのまま仕事関数(本計算では 4.10 eV)を与えます。電場を印加すると、電極間を直線的に降りるポテンシャルが重畳されます。両端が金属電極で終端しているため、鋸歯型ポテンシャルのような不連続点が真空中に現れません。

図3. シリセンの (a) 面内平均静電ポテンシャル(K 点の価電子帯上端 EVBM を基準)と (b) 電場による電子密度の変化 Δρ(z) = ρ(E⊥) − ρ(0)。(b) の縦破線は副格子 A・B の位置です。電子はポテンシャルエネルギーの低い +z 側へ移動し、単層が分極します。
図3b は電場による電子密度の変化です。単層が分極し、A・B 副格子のオンサイトエネルギーに差が生じます。これがバンドギャップ形成の直接の原因です。
ディラック錐へのバンドギャップ形成#
収束した電荷密度を用いてバンド分散を計算しました。k 点経路は文献 [1] の図2 に合わせ、K 点を中心に M–K 方向・Γ–K 方向にそれぞれ 1/10 まで取った窓としています。

図4. K 点まわりのバンド分散。上段がシリセン、下段がゲルマネン。無電場(左)では価電子帯と伝導帯が K 点で線形に交差してディラック錐を形成しますが、垂直電場を加えると K 点に直接ギャップが開きます(灰色帯)。
無電場では 2 本のバンドが K 点で完全に縮退しており、電場を加えると縮退が解けてギャップが開く様子が明瞭に再現されています。ギャップは常に K 点にある直接ギャップです。
バンドギャップの電場依存性#

図5. K 点に開くバンドギャップ Eg の電場依存性。横軸は単層に実際に加わる垂直電場(後述)です。直線は原点を通る線形フィット、開いた四角はセル長を c = 24, 32 Å に変えた計算です。破線は室温の熱エネルギー kBT = 26 meV。
表3. 電場とバンドギャップ(セル長 c = 16 Å、z1 = 8 Å)
| esm{efield} の設定値 (V/Å) | 単層に加わる電場 E⊥ (V/Å) シリセン/ゲルマネン | Eg(シリセン) (meV) | Eg(ゲルマネン) (meV) |
|---|---|---|---|
| 0.0 | 0.000 / 0.000 | 0.0 | 0.0 |
| 0.1 | 0.126 / 0.127 | 9.5 | 12.3 |
| 0.2 | 0.251 / 0.254 | 19.0 | 24.6 |
| 0.3 | 0.377 / 0.381 | 28.4 | 36.9 |
| 0.4 | 0.503 / 0.509 | 37.9 | 49.1 |
| 0.5 | 0.629 / 0.636 | 47.4 | 61.4 |
バンドギャップは電場に対して線形な振る舞いを示しています(原点を通る線形フィットの決定係数 R2 > 0.99999、残差は 0.05 meV 以下)。無電場では K 点の 2 つの状態が 10-8 eV 以内で縮退しており、対称性の扱いにも問題がないことを確認しています。傾きはシリセンが 0.075 eV/(V/Å)、ゲルマネンが 0.096 eV/(V/Å) でした。強束縛模型では、副格子間のオンサイトエネルギー差がそのままギャップになるので
となり、遮蔽を無視した傾きは Δ そのもの(シリセン 0.445、ゲルマネン 0.693 eV/(V/Å))です。第一原理計算で得られた傾きはこれの 0.17 倍(シリセン)、0.14 倍(ゲルマネン)であり、単層自身の分極による遮蔽がギャップを大きく抑えていることが分かります。ゲルマネンの遮蔽係数の方が小さい(=より強く遮蔽される)のは、ゲルマニウムの誘電率がシリコンより大きいことに対応しており、文献 [1] の議論と整合します。一方、Δ がゲルマネンの方が 1.6 倍大きいため、本計算の条件では最終的なギャップはゲルマネンの方が大きくなりました。
室温の熱エネルギー kBT = 26 meV を超えるギャップを開くのに必要な電場は、シリセンで 0.34 V/Å、ゲルマネンで 0.27 V/Å と見積もられます。
入力した電場と単層に実際に加わる電場#
ここで重要な注意点があります。esm{ efield } で指定するのは電極間の平均電場 ΔV/(2z1) であり、単層に実際に加わる電場とは一致しません。単層が分極するとポテンシャルに段差ができるため、電極間の電位差を一定に保つには真空部分の電場がその分だけ大きくなるからです。実際、z1 = 8 Å、efield = 0.5 V/Å では真空中の電場が入力値の 1.258 倍(シリセン)/1.273 倍(ゲルマネン)になっていました。この値は、面内平均した静電ポテンシャルの真空領域における勾配として直接求められます。
電極を遠ざける(z1 を大きくする)とこの比は 1 に近づきます。そこで、電極位置を z1 = 8, 12, 16, 24 Å と変えて計算し、単層に加わる電場に対する応答 Eg/E⊥ を比較しました。

図6. (a) esm{efield} の設定値に対する、単層に実際に加わる電場の比。電極を遠ざけると 1 に近づきます。(b) 単層に加わる電場に対するバンドギャップの応答。セル長を 3 倍にしても一定です。
表4. 電極位置を変えた検証(シリセン)
| セル長 c (Å) | 電極位置 z1 (Å) | esm{efield} (V/Å) | 単層に加わる E⊥ (V/Å) | 比 | Eg (meV) | Eg/E⊥ (eV/(V/Å)) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 16 | 8 | 0.2 | 0.2513 | 1.256 | 18.97 | 0.0755 |
| 24 | 12 | 0.2 | 0.2316 | 1.158 | 17.47 | 0.0754 |
| 32 | 16 | 0.2 | 0.2228 | 1.114 | 16.80 | 0.0754 |
| 48 | 24 | 0.1 | 0.1072 | 1.072 | 8.07 | 0.0752 |
セル長を 16 Å から 48 Å まで 3 倍に変えても、Eg/E⊥ は 0.4 % 以内で一定です。入力値そのものに対するギャップは 18.97 → 8.07 meV と大きく変わるにもかかわらず、局所電場で整理すると一つの直線に乗ります(図5 の開いた四角)。これは、ESM の外部電場が静電ポテンシャル・電荷密度・バンド構造に正しく取り込まれていることを示しています。
計算上の注意:電場をかけたときの真空への電子の染み出し#
ESM model = 2 で電場をかけると、セル端(電極位置)のポテンシャルは単層の位置に対して e E z1 程度だけ下がります。これが仕事関数 Φ を超えると、セル端の真空領域が最高被占準位より低い「束縛領域」になり、電子が真空に染み出して SCF が破綻します。したがって
が実用上の目安になります。本計算のシリセンでは Φ = 4.10 eV、z1 = 8 Å なので上限は 0.5 V/Å 付近です。実際に面内平均ポテンシャルで確認すると(表5)、efield = 0.5 V/Å ではセル端のポテンシャルが最高被占準位のわずか 0.15 eV 上まで下がっており、まさに限界の条件です。実際の落差は上式の見積もりの 99 % 程度で、やや小さめです(0.5 V/Å で 3.94 eV に対し見積もり 4.00 eV)。局所電場は入力値より大きくなりますが、ポテンシャルが傾斜するのは真空領域だけで有効な距離が z1 より短いため、両者がほぼ相殺します。したがって eEefieldz1 は安全側(やや過大)の見積もりとして使えます。ただしこの条件でもセル端の電子密度は 10-7 e/bohr3 台(擬電荷密度のフーリエ打ち切りノイズと同程度)にとどまり、SCF も 30 回で収束しているため、染み出しは実際には起きていません。
表5. 電場を強くしたときのセル端のポテンシャル(シリセン、z1 = 8 Å)
| esm{efield} (V/Å) | e Eefield z1 (eV) | セル端のポテンシャル V(z1) − EVBM (eV) | セル端の電子密度 (e/bohr³) |
|---|---|---|---|
| 0.0 | 0.00 | 4.10 | 4.4e-08 |
| 0.1 | 0.80 | 3.30 | 4.9e-08 |
| 0.2 | 1.60 | 2.51 | 6.4e-09 |
| 0.3 | 2.40 | 1.72 | 3.9e-08 |
| 0.4 | 3.20 | 0.94 | 6.5e-08 |
| 0.5 | 4.00 | 0.15 | 1.1e-07 |
文献値との比較#
文献 [1] は局在基底(DMol3/DNP)を用いた計算で、シリセンについて E⊥ = 0.51 V/Å で Eg = 0.08 eV(傾き 0.157 eV/(V/Å))を報告しています。本計算(平面波基底)の傾き 0.075 eV/(V/Å) はこれより小さく、遮蔽をより強く見積もっています。二次元材料の面直方向の分極率は真空側に広がった波動関数の裾に敏感で、有限の切断半径をもつ局在基底では過小評価されやすいことが知られています。平面波基底ではこの寄与が完全に取り込まれるため、本計算の方がより強い遮蔽(=より小さいギャップ)を与えていると考えられます。文献 [1] でも、基底関数を変えるとギャップが 20 % 程度変わることが報告されています。定性的な描像(電場に対する線形性、Δ に比例する未遮蔽の上限、ゲルマネンの方が遮蔽が強いこと)は非常に良く一致しています。
まとめ#
第一原理計算ソフトウェア Advance/PHASE の ESM(有効遮蔽媒質法)+外部電場機能を用いて、シリセン・ゲルマネンに垂直電場を印加したときのバンドギャップ形成を解析しました。metal/slab/metal 境界条件は二重ゲート FET の構造をそのまま模擬でき、真空中に人工的な不連続点を作らないため、強い電場でも安定に自己無撞着解が得られます。得られたバンドギャップは電場に厳密に比例し、その傾きはシリセンで 0.075 eV/(V/Å)、ゲルマネンで 0.096 eV/(V/Å) でした。室温の熱エネルギーを超えるギャップにはそれぞれ 0.34 V/Å、0.27 V/Å 程度の電場が必要という見積もりが得られます。また、セル長(電極間距離)を 3 倍に変えた計算でも、単層に実際に加わる電場で整理したギャップの応答は 0.4 % 以内で一致し、外部電場が静電ポテンシャル・電荷密度・バンド構造に正しく取り込まれていることを確認しました。二次元材料のバンドギャップ制御、二重ゲートデバイスの設計、電気化学界面の解析など、外部電場やバイアス下の系を扱う場面で、ESM は有力な選択肢となります。
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お問い合わせ参考文献#
- Z. Ni, Q. Liu, K. Tang, J. Zheng, J. Zhou, R. Qin, Z. Gao, D. Yu, and J. Lu, "Tunable Bandgap in Silicene and Germanene", Nano Lett. 12, 113 (2012).
- S. Cahangirov, M. Topsakal, E. Aktürk, H. Şahin, and S. Ciraci, "Two- and One-Dimensional Honeycomb Structures of Silicon and Germanium", Phys. Rev. Lett. 102, 236804 (2009).
- L. Tao, E. Cinquanta, D. Chiappe, C. Grazianetti, M. Fanciulli, M. Dubey, A. Molle, and D. Akinwande, "Silicene field-effect transistors operating at room temperature", Nat. Nanotechnol. 10, 227 (2015).
- M. Otani and O. Sugino, "First-principles calculations of charged surfaces and interfaces: A plane-wave nonrepeated slab approach", Phys. Rev. B 73, 115407 (2006).
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- 第一原理計算ソフトウェア Advance/PHASE
- 解析分野:ナノ・バイオ
- 産業分野:材料・化学