双極子補正と線形応答計算を用いた2次元材料の面内・面直誘電率の算出:単層Cu2WS4#

2次元材料の誘電応答は、キャリアや励起子に対する遮蔽の強さを決め、荷電欠陥の静電補正にも欠かせない基本量です。ところが、平面波基底の第一原理計算では2次元材料を真空層を挟んで積み重ねた周期系(スーパーセル)として扱うため、計算される誘電率は真空層の厚さに依存し、そのままでは材料固有の値になりません。本事例では、第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASE (ver.5.0)を用いて、面直方向は双極子補正による外部電場(のこぎり波ポテンシャル)、面内方向は局所場効果を含む線形応答計算と、ベリー位相法によるボルン有効電荷から誘電応答を求め、単層Cu2WS4の単位面積あたりの分極率を電子とイオンの寄与に分けて評価しました。分極率は真空層の厚さによらない量で、任意のセル高さの誘電率や、荷電欠陥の補正に用いる誘電体スラブモデルのパラメータに換算できます。
Keywords: 第一原理計算 (DFT), 2次元材料, 誘電率, 分極率, 双極子補正, のこぎり波ポテンシャル, 局所場効果, ベリー位相, ボルン有効電荷, 誘電体スラブモデル, Cu2WS4
2次元材料の誘電率と分極率#
単層に面内方向の一様な電場 をかけると、単位面積あたり の双極子モーメントが誘起されます。面直方向では、層の外(真空中)の電場、すなわち電束密度 に対して です。この が長さの次元を持つ2次元の分極率であり、層そのものの性質を表します [1, 2]。セル高さ のスーパーセルでは、面内の電場は層と真空で等しく、面直の電束密度は連続なので、スーパーセル全体の誘電率は次のようになります(ガウス単位系。 と は同じ長さの単位で表します)。
を大きくすると はどちらも1に近づくため、「真空層を含むスーパーセルの誘電率」は材料固有の値ではありません。一方、 は に依存しません。荷電欠陥の補正 [3] では、『厚さ 、誘電率 の誘電体スラブ』をモデルとして用います。この と は、スラブ自身の面内分極率 と面直分極率 が、それぞれ材料固有の分極率 と に一致するように決定されます。
これは、スーパーセルの誘電率で書いた式 、 [3, 4] と同じ内容です。以下では、電子だけが応答する高周波の応答(イオン固定)と、イオンの変位も含む静的な応答(イオン緩和)の両方を求めます。
計算モデルと計算条件#

図1. 単層Cu2WS4と2つの電場の配置。(a) 上面図(実線が計算に用いた単位胞)と面内方向の電場 E。(b) スーパーセルの側面図。面直方向の電場 D は、真空中ののこぎり波ポテンシャルとして加えます。灰色の帯は、求めた分極率(イオン緩和)を再現する誘電体スラブ(厚さ s)です。
単層Cu2WS4(空間群 )を、格子定数 a = 5.49 Å、セル高さ c = 15 Å(真空層 約12 Å)のスーパーセルで扱いました。原子位置は電場のない状態で最適化した構造で、層の中心を c/2 に置いています。計算条件を表1にまとめます。
表1. 計算条件の概要
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 擬ポテンシャル | ウルトラソフト型 |
| 交換相関汎関数 | GGA-PBE |
| カットオフエネルギー | 波動関数 25 Ry / 電荷密度 225 Ry |
| k点サンプリング | 6×6×1(Γ点を含むメッシュ)。収束性の確認に 8×8×1 |
| セル高さ | c = 15 Å(確認に 20, 25 Å) |
| 面直方向 | 双極子補正+外部電場 D = ±0.002 hartree/bohr(≈ ±0.10 V/Å。線形性の確認に ±0.001, ±0.004)。イオン緩和は電場中での構造最適化(残留力 5×10−5 hartree/bohr 以下) |
| 面内方向(電子) | 独立粒子近似の誘電率+局所場効果(RPA)、バンド数 100(確認に 140、c = 20 Åでは 133)、局所場のカットオフ 3 hartree |
| 面内方向(イオン) | x方向の分極に結びつく5つの原子変位パターン(変位 0.04 bohr)の力(力の定数)と、ベリー位相法による分極の変化(ボルン有効電荷) |
面直方向:双極子補正と外部電場#
双極子補正は、スラブの周期像の間に生じる人工的な電場を、真空中に置いた双極子層で打ち消す方法です [5, 6]。この双極子層を利用すると、真空中に一様な外部電場 D をかけた状態を、周期系のまま計算できます(静電ポテンシャルは周期境界で折り返す「のこぎり波」になります)。
向きが逆の電場 ±D をかけた2つの計算で得られる双極子モーメント の差から、 を求めます( は単位胞の面積)。イオンの寄与は、電場をかけたまま原子位置を最適化した計算から求めました。図2は、電場によって生じた平面平均ポテンシャルの変化です。真空中の勾配は外部電場そのもの(0.103 eV/Å)ですが、層の中央では電子の分極によって 0.031 eV/Å まで弱められています。

図2. 面直方向の外部電場(D = 0.002 hartree/bohr ≈ 0.10 V/Å)に対する平面平均ポテンシャルの応答(±D の差の1/2、イオン緩和)。灰色の帯は求めた誘電体スラブの範囲、破線は遮蔽がない場合の勾配です。
結果を表2にまとめます。電子のみの応答( = 0.328 Å)に対し、イオンの動きも考慮した結果(0.332 Å)との差は約1%とごくわずかでした。また、かける電場の強さを変えても値は安定しており(図3(a))、さらに真空層の厚さ(セル高さ c)を変えるとスーパーセル全体の誘電率 は大きく変動しますが、材料固有の性質である分極率 は常に一定の値になることが確認できました(図3(b))。
表2. 面直方向の分極率 (c = 15 Å)
| 計算 | \(\alpha_\perp\) (Å) | \(\varepsilon_\perp\)(c = 15 Å) |
|---|---|---|
| のこぎり波(イオン固定) | 0.3283 | 1.3794 |
| のこぎり波(イオン緩和) | 0.3318 | 1.3849 |
| 参考:線形応答計算(局所場効果を含む) | 0.3136 | 1.3564 |

図3. 面直方向の応答の確認(イオン固定)。(a) 外部電場の強さ D に対する (±D の2つの計算から求めた値、c = 15 Å)。灰色の帯は D = 0.002 hartree/bohr の値の±0.1%の範囲です。(b) セル高さ c に対するスーパーセルの誘電率 (左軸)と分極率 (右軸)。曲線は c = 15 Åの から上式で計算した です。
面内方向:線形応答とボルン有効電荷#
電子の寄与:局所場効果を含む誘電率#
面内方向の電子の応答は、Advance/PHASEを用いた線形応答計算により、誘電率(独立粒子近似)として求めました。このとき、電場によって誘起された電荷がつくる微視的な場の効果(局所場効果)を取り入れています。面内方向の電場は層に平行なので、面直方向のように層全体の分極がつくる反電場は生じませんが、層の中の電子密度が原子スケールで不均一なことによる局所場効果は、バルクの結晶と同じように現れます。
結果を表3に示します。電子の微視的な分布の影響(局所場効果)を考慮すると、考慮しない場合に比べて面内方向の分極率 は約28%小さくなりました(面直方向では境界の影響が加わるため約59%減少します)。また、計算の精度(メッシュの細かさやバンド数)や真空層の厚さを変えても、得られる分極率はほとんど変わらず安定しています。
表3. 面内方向の電子の分極率 (イオン固定)
| 計算 | 条件 | \(\alpha_\parallel\) (Å) | \(\varepsilon_\parallel\)(c = 15 Å) |
|---|---|---|---|
| 局所場なし(IPA) | k点 6×6×1、バンド数 100 | 2.978 | 3.494 |
| 局所場(RPA) | k点 6×6×1、バンド数 100 | 2.129 | 2.784 |
| 局所場(RPA) | k点 6×6×1、バンド数 140 | 2.145 | 2.797 |
| 局所場(RPA) | k点 8×8×1、バンド数 100 | 2.129 | 2.783 |
| 局所場(RPA) | k点 6×6×1、バンド数 133、c = 20 Å | 2.136 | 2.790 |
※ 表中の面内誘電率 は、正方晶の対称性により等しくなる面内成分( および )の平均値です。分極率は として計算しています。
イオンの寄与:力の定数とボルン有効電荷#
面内のイオンの寄与は、原子をわずかに変位させたときに働く力(力の定数 )と、そのときの分極の変化(ボルン有効電荷 )から、 として求めました( は単位胞の面積)。原子の変位は x 方向の分極に結びつく5つのパターンに限り、分極の変化はベリー位相法で計算しています。ボルン有効電荷(表4)はWで 2.64、Cuで −0.27 と 0.44、Sで −0.70 となり、名目上の価数(W6+, Cu+, S2−)とは大きく異なります。力の定数から求めた x 偏光の光学モードの振動数(96, 179, 187, 258, 431 cm−1)は、文献 [7] のIR活性なEモード(87.9, 177.6, 195.8, 259.6, 428.4 cm−1、PBE+D3)とよく一致しています。イオンの寄与は = 0.157 Å で、電子の寄与の約7%です。その87%は 431 cm−1 のモード(主にS原子の変位によるW–S結合の伸縮)から生じています(図4)。
表4. 面内方向(x)のボルン有効電荷 (単位:電荷素量 e)
| 原子(サイト) | \(Z^*_{xx}\) | \(Z^*_{yx}\) | \(Z^*_{zx}\) |
|---|---|---|---|
| W(原点) | 2.64 | 0.00 | 0.00 |
| Cu(a/2, 0) | −0.27 | 0.00 | 0.00 |
| Cu(0, a/2) | 0.44 | 0.00 | 0.00 |
| S(4サイト) | −0.70 | ±0.42 | ±0.78 |
※ x 方向の電場によって各原子に働く力の x, y, z 成分に対応します。4つのS原子の はサイトによって符号が変わり、全原子の和は0になります(音響和則)。

図4. 面内方向のイオンの寄与 の振動モードごとの内訳。横軸は力の定数から求めた x 偏光の光学モードの振動数で、寄与が小さく棒が見えない 179 cm−1 のモードは矢印で示しています。三角は文献 [7](PBE+D3)のIR活性なEモードの振動数です。
誘電率のまとめとスラブモデル#
以上の結果を表5にまとめます。面内方向の分極率は面直方向の約6.9倍で、2次元材料に特有の強い異方性を示します。この比がそのまま誘電体スラブモデルの誘電率 になり、厚さ = 4.88 Å は、幾何学的な原子層の厚さではなく、誘電応答を一意に記述するための電子的な有効厚さです。スーパーセルの誘電率はセル高さに強く依存し(図5)、例えば = 15 Åと25 Åでは が 2.92 と 2.15 と大きく異なりますが、分極率とスラブモデルのパラメータは に依存しません。イオン緩和の値( = 6.89、 = 4.88 Å)は、解析事例「2次元材料の荷電欠陥の第一原理解析」でsxdefectalign2dの補正に用いています。
表5. 単層Cu2WS4の分極率と、スーパーセル(c = 15 Å)の誘電率、誘電体スラブモデルのパラメータ
| 量 | 電子のみ(イオン固定) | 電子+イオン(イオン緩和) |
|---|---|---|
| 面内の分極率 \(\alpha_\parallel\) (Å) | 2.129 | 2.286 |
| 面直の分極率 \(\alpha_\perp\) (Å) | 0.328 | 0.332 |
| \(\varepsilon_\parallel\)(c = 15 Å) | 2.784 | 2.915 |
| \(\varepsilon_\perp\)(c = 15 Å) | 1.379 | 1.385 |
| スラブの誘電率 \(\varepsilon\) | 6.48 | 6.89 |
| スラブの厚さ \(s\) (Å) | 4.88 | 4.88 |
※ 面内の電子の寄与は局所場(RPA)の値、イオンの寄与は力の定数とボルン有効電荷から、面直はのこぎり波の計算から求めています。任意のセル高さ のスーパーセルの誘電率は、分極率から 、 で計算できます( と は同じ長さの単位で表します)。

図5. セル高さ c に対するスーパーセルの誘電率 、。実線はイオン緩和、破線はイオン固定の分極率から計算した値、記号は面直方向ののこぎり波の計算(イオン固定、c = 15, 20, 25 Å)、面内方向の線形応答の計算(イオン固定、c = 15, 20 Å)です。2本の曲線は c = s で交わり、その値が誘電体スラブの です。
まとめ#
第一原理計算ソフトウェアAdvance/PHASEを用いた双極子補正(のこぎり波電場)と、局所場効果を含む線形応答計算、ベリー位相法によるボルン有効電荷を組み合わせて、単層Cu2WS4の面内・面直の分極率を電子とイオンの寄与に分けて求めました。面直方向は、電場を印加した自己無撞着計算によりイオン緩和まで含めて直接求め、分極率が電場の強さやセル高さに依存せず一定であることを確認しました。面内方向は電子の寄与が支配的で、イオンの寄与は約7%でした(面直方向では約1%)。スーパーセルの誘電率は真空層の厚さに依存しますが、分極率に換算すれば材料固有の量として扱え、荷電欠陥の補正に用いる誘電体スラブモデルもここから一意に決まります。
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お問い合わせ参考文献#
- P. Cudazzo, I. V. Tokatly, and A. Rubio, "Dielectric screening in two-dimensional insulators: Implications for excitonic and impurity states in graphane", Phys. Rev. B 84, 085406 (2011).
- T. Tian, D. Scullion, D. Hughes, L. H. Li, C.-J. Shih, J. Coleman, M. Chhowalla, and E. J. G. Santos, "Electronic Polarizability as the Fundamental Variable in the Dielectric Properties of Two-Dimensional Materials", Nano Lett. 20, 841 (2020).
- C. Freysoldt and J. Neugebauer, "First-principles calculations for charged defects at surfaces, interfaces, and two-dimensional materials in the presence of electric fields", Phys. Rev. B 97, 205425 (2018).
- sxdefectalign2d(SPHInX add-ons), https://sxrepo.mpie.de/.
- J. Neugebauer and M. Scheffler, "Adsorbate-substrate and adsorbate-adsorbate interactions of Na and K adlayers on Al(111)", Phys. Rev. B 46, 16067 (1992).
- L. Bengtsson, "Dipole correction for surface supercell calculations", Phys. Rev. B 59, 12301 (1999).
- T. Ouahrani, R. M. Boufatah, M. Benaissa, Á. Morales-García, M. Badawi, and D. Errandonea, "Effect of intrinsic point defects on the catalytic and electronic properties of Cu2WS4 single layer: Ab initio calculations", Phys. Rev. Mater. 7, 025403 (2023).
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- 第一原理計算ソフトウェア Advance/PHASE
- 解析分野:ナノ・バイオ
- 産業分野:材料・化学